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NO.18 ORMAI

12 31, 2010
「その指を、俺にくれよ」

 粘着力の薄れた絆創膏を剥がせば、くっきりとした模様が現れた。
 誰が見ても人為的に施されたタトゥーであるとわかるそれは、暁良(あきら)の身体にいくつも点在しているものであり、とりわけ物珍しいものでもない。ただ箇所が箇所なだけに、違和感を主張する人もいて、暁良はここ数年隠すことに徹していた。チープな方法だが、絆創膏が一番上手に消せるのだ。
 夏の日差しに手をかざして、暁良はそれを久しく眺めていた。タトゥーは、右の薬指にある。根元をぐるりと精巧なデザインで繋げ、さながら指輪のようだ。敏感な神経が通る部位に彫るということで、制作中は相当に痛かったことを覚えている。誰かに乞われなければ、彫りたいと思わないところだ。
 デザインも、暁良の身体に描かれている他のそれらと大きく異なっていた。繊細な曲線は、中世のアンティーク様式にも似ていた。おかげで、出来上がるまで妙に期間を要したことも、今では懐かしい記憶だ。身体的苦痛は傷こそ残れど所詮、事が過ぎてしまえば風化されてしまう。
 逆に、消えることのない痛みは、心の内に棲み続けるものだった。薬指に嵌められたタトゥーは、それを具現化したものといっても過言ではなかった。そこに、暁良の感情や意思は介入していなかった。籠められてあるとすれば、暁良には忘却の川を絶対に渡らせまいとするひとの、強い情念であろう。
 あのとき、本当に苦痛を感じていたのは、彫り跡でもなければ、それこそ暁良自身でもなかった。そう断言できるのは、すべてが過ぎ去ってしまったからだ。想いも立場も環境も、すでに違うかたちに変わってしまったからだった。
 暁良にはある時まで、不思議な関係を続けていた特別な相手がいた。セックスまでするような仲で、それは同性だった。
 相手が同性ということで、閉口する者も多いことから密の関係ではあった。しかし、傍から見れば情をわけあう交わりというよりは、性処理か刺激を求めたプレイの一環としか映らないくらい、あっさりとした関係だった。暁良自身が当時、そのように思っていた節があったことも確かだ。
 最後まで彼に、この関係のすべてを委ねていた。それがすべての過ちだったのだと、彫り跡は何年も何年も訴えている。
 体温の低い指先が暁良の右薬指に触れたあのとき、すでに彼は何かを決めていた。それは、選択肢が設けられているもので、何を選ぶかは暁良に託されていたのだ、と、気づいた頃には、すべての物事が片付いてしまっていた。そして、気づいたところで、結局暁良が同じ道しか辿らないだろう事実は、彼には当に知りえていたことだろう。
 だから、彼は別離の代わりに言ったのだ。
 右薬指が欲しい、その指が自分のものだという証拠を刻んでほしい。そんなニュアンスの言葉は、彼の性格にとても不釣合いであるかのように受け取れた。そして、こういった類の懇願をされることもはじめてで、それが同時に最後でもあった。
 彼らしくないその願いに、違和感はあった。それ以前に、彼との関係にどうしても着地点が描けない暁良がいた。彼はそれをよく理解していた。一方で、暁良自身が生半可な気持ちで関係を続けているわけではないこともわかっていた。彼は暁良の不器用さを受け入れていた。暁良にとって彼は、セックスをする関係以前に古くからの友人でもあり、暁良の性格を熟知している理解者でもあったのだ。
 機転の利く彼が、関係に目途をうつことは、近い将来確実にあることも暁良は薄々勘づいていた。ただ、それが、薬指に基因するとは思ってもいなかった。彼は、そういった痕跡を絶対に残すことなく終止符をうつと思っていたからだ。
 だからこそ、長い時を経て、指の痕を見ながら暁良は毎度思うのだ。
 このタトゥーを拒んでいれば、ノーとはっきり主張できていれば、彼もまだこの関係に諦めをつける必要はなかったのかもしれない。そして、暁良が自信をもってこの関係を続けることに不安定さが残ることも、続けて目を瞑ってくれたかもしれない。
 デザインは、彼が自らあてたものだ。長いこと気づかなかったが、ちいさく模様に紛れ彼のイニシャルがはいっている。女性はそういったことに敏感だ。近しい仲になるほど、作意で編まれた右薬指を好ましく思わない異性も多い。しかし、暁良はこの証を除去するつもりはない。
 これは贖罪だ。
 内包されているのは、彼の苦悩であり暁良への非難であり、深い情愛だった。そして、彼との関係を受け止め切れなかった暁良の罪だ。この一本の指に、たくさんの想いが凝固している。
 それは総じて、途方もなく恋愛だった。
 長く歳を積み重ねて、身に染みた答えだ。曖昧な輪郭で揺れ動いていた彼との長い期間、そのときに感情や関係に名づけることをしなかったそれらを、今ならば恋だったと躊躇いなく言える。
 そして、彼は彼なりの方法で、暁良のことをとても愛していたのだ。
 彼とは、長らく会っていない。再会を望むこともない。
 最早、残されているのは、彼に捧げた右の薬指だけだ。忘れることのできない、愛しい面影だ。彼が託した可愛い可愛い想いのかたちだ。
 暁良は日光にかざしていた右手を寄せ、乾いたくちびるを這わした。そして瞼を下ろす。色褪せないその存在を描く。この光景を目撃したひとたちに、何度も大切な儀式のようだと揶揄された。そうなのだろう。祈りならば、届けばいいと思う。暁良はつぶやく。彼の名を口にする。
 それは、今も決して過去形になることはない愛の言葉だ。
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