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NO.34 ANESTETIA

07 29, 2011
 その温度差は、気にならないの?


 スイッチを押して見えた色とりどりの世界は、誰かの孤独を慰めるように途切れることなく続いている。液晶画面ばかりが騒がしい、凪いだ宵だ。本当の孤独が今ここにあれば、それこそ静かな一日で終わっていたのだろう。別の言い方をすれば休息の一日、無駄な一日、暇を持て余した一日。
 テレビ上に、特別贔屓にしている番組はない。クールの改編期にテレビを見ない日が続いたせいで、見慣れていた番組も新鮮に思えて仕方ないだけだ。それも三〇分見れば飽きて、BGMに代わっていることも多い。
 画面がCMに切り替わると、理沙は無意識にフローリングに落ちていたリモコンを手にとった。しかし手にして、それが似た何かであることに気づくとテーブルの上に置いた。携帯電話だ。それも、里沙のものではない。手にとっただけで携帯電話だと気づかなかったのは、テーブル上に自分のものがあったからだ。
 音の少ないCMが流れると、微かに風呂場から水音が聴こえてくる。理沙は、視線を下に落としてテーブル下に投げ出されていたリモコンを今度こそ手にとった。無音でシグナルを感知した液晶画面が、思い通りにくるくると色を変えていく。テーブルの上には、無機質に寄り添うふたつの携帯電話。
『リサってさ、その温度差は気になんないの?』
 昨夜回線を辿った先で言われた言葉が、理沙の脳裏に意味もなく残っている。
 なんのことを? 何に対して? ……誰に対して。
 続けるべき問いは、結局すべて自分に跳ね返ってくるのだろうとわかっていて、あのときは素直に応えた。
『そんなの気にして、どうすんの、朝子』
 問うた人間が、逆に窮してはどうしようもないだろうと思いながら、そう訊かずにはいられなかった心情を理沙は理解している。理沙の切り返しに、「そうだね。男女関係ないよね」としか、言えなかった友人の心情と、「そうだよ」としか、強く言えない自分自身。
 あの電話は、ひとつの問答であっさり幕が引かれた。元々、そういうナイーヴな話題ばかりが積み重なる電話の意図なのだ。翌日会ったところで、お互いこうした話は内に秘め、素知らぬふりをして日々をこなす。
 温度差がどうこうと問うよりも、電話の主はもっと別のラインで一喜一憂しているのではないだろうか。朝子は不安に駆られると夜半に電話を寄越す癖がついた。きっと、好きになった相手が悪かったのだ。理沙は相談役のようになっていることについて嫌がってはいない。彼女が一憂を恐れて誰かの声を聞きたがる気持ちもわかる。そして時折、理沙の生活を微かに乱す言葉を投げかける。
 想いの温度差を気にして、それで何が解決するというのだろう。

 「愛してる」

 そんなことばの数だけで「好き」の量は測れない。
 行為、想い、言葉、それを望む量もきっと人それぞれ個人差がある。愛したい・愛されたい、そう願うほど強くその温度差を気にしてしまうのだろう。淡白なのが悪いのではなく、相手を求める気持ち強さを糾弾するのもナンセンスだ。……つまり、最終的には総て仕方のないことなのだ。
 電話の主からすれば、それは理解しがたいものなのだ。その経緯で彼女は理沙に言葉を投げかけるのだろう。でも理沙は思う。その理解しがたい理論を受け入れることができれば、朝子も少しは安らげるのではないか。
 愛のかたちには個人差があって、それはもう個々が個々であるかぎりその差異は逃れようもない。諦観のような理解が、理沙の応えでもあった。
 それでも、好きの量が自分と同じになればいいと想う感情は知っている。理性では到底考え付かないところに感情というものがあり、それはどれだけ制御しても想ってしまうことを、理沙はひとつの出逢いで知った。
 飽きず眼で追い、傍にいることを好しとする存在を見つけた。
「リッちゃん、なに見てんの」
 シャワー音はいつのまにか止んでいた。足音にも気づかず、理沙が少し驚いたように顔を向けると、佳菜はさして気にも留めず隣に腰を降ろした。里沙が家に常備することを望んだTシャツとスエットパンツ。いつものように返答を待つことはなく、理沙からリモコンをとって番組を替えていく。濡れた髪をタオルでふき取るしぐさについで、理沙の頬に水滴がかかった。
 湯が彼女の身体を温めたのだろう。佳菜の肌から、体温の熱が滲み出ている。甘い香りを取り巻く肢体は、本人が嗅覚を麻痺させたまま、日常の風景と同化していく。何気ないしぐさが、表情が、誰かの心を刺激していく。

 カナは、そういうことをあまり意識しない。そういう素振りがない。
 けれどそれを、さみしいとは思わない。
 
 理沙の手が寄りかかるように、佳菜の胴へまわっていく。彼女はそれに少し驚き、身をすくめて固まった。けれど、すぐ緊張を緩ませた。肢体から香る石鹸の香りと体温は、理沙の心にも穏やかに染みてゆく。
 ちいさな沈黙は、テーブルに伝う振動で破られた。
「リッちゃん、電話」
 佳菜の気を利かせた言葉がすぐ傍で聞こえた。理沙は気にすることなく佳菜の顔を見つめる。
「それ、いいよ」
「とればいいじゃん」
 携帯電話のバイブ音に気をとられる佳菜の名を呼んだ。
「カナ、」
 そっと、佳菜のくちびるへ言葉があたる。麻酔のようなコールの音。液晶の表示を見なくてもわかる。朝子からの電話だろう。昨夜の問答から、たくさん後悔して掛けてきたのかもしれない。彼女なりの答えを導き出したのか、理沙にまた不毛だという恋を諭すのか。
 ……せめて、後悔なんてしていなければいい。
 触れるようなキスを終える。同時に振動が止まった。理沙は抱きしめた腕を強め、佳菜の耳元にささやいた。
「カナのこと、好きだよ」
 彼女はそれをいつもじっと聞く。そして、「うん」と軽く頷くと躊躇うことなく理沙の肩に顔を埋めた。

 好きの量が同じになれば、どれだけ楽になれるだろう。
 けれど、それじゃ彼女が彼女でなくなってしまうから、今のままでいい。
 その身を引き寄せながら、結局その差異すらも愛しいのだと、理沙は白く温かな肌に口付けた。
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