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NO.38 ワールドブリーズ

10 01, 2011
 カーテンを押しのけた日差しは、エアコンを効かせた和室に穏やかさを持ち込んだ。夏休みが終わったばかりの放課後は、校内は妙に気だるい雰囲気をまとっている。この時期は、文化部の活動へ向かう生徒が極端に少ない。
 今日の茶道部室は、先生が訪れない自由練習日にあたっていた。芸術系の部屋が揃う廊下には、終礼後真っ先に茶道室へ向かった佐里以外見あたらない。
 その佐里も、毎度律儀に茶道のお手前を練習するために茶道部室へ赴くわけではなかった。仲の良い部員同士の交流の場として居座りやすいのだ。
 畳好きの佐里は、今日も部室の鍵を同学年の新部長から借りた。一番乗りだと思ってドアを開いたが、すでにエアコンがつけられており、襖を開ければ女子生徒が一人畳に寝転がっていた。短いスカートから太股が生やされている。女子校らしい光景だ。彼女の顔にはタオルが被されているが、髪の色と長さで佐里はそれが誰なのか気づいた。
 後輩の風衣香だ。佐里の物音に反応しないということは眠っているということだろう。その様子から、彼女が授業をボイコットしたことが即座に察せた。夏休み前から、風衣香はその傾向にあったのだ。佐里は困惑の表情を湛えつつも、彼女を放っておくことにした。
 風衣香を無理に起こしても、ろくな目に遭わない。
 佐里にとって、風衣香という生徒は実に扱いにくい生き物だった。そもそも風衣香は、今年入学したばかりの一年生であるにもかかわらず、先輩のことを先輩だと思って接しない節がある。よく指導の先生に怒られ、先輩には敬意を持たない。しかし、茶道部では一番先輩たちと親しく、愛嬌があって憎めないキャラだった。他の後輩から、風衣香は頭が良いという情報も得ている。
 確かに、頭の回転が良さそうな話し方をする後輩だ。佐里がそう思うのは、彼女は先輩でありながら、風衣香の言い分にいつも負けるからだった。佐里の友人は大方、風衣香の味方をする。佐里はすっかり茶道部のいじられキャラとしての地位を確立していた。人にかまわれることは好きな佐里だが、後輩たちにフォローされるほど情けないことはないのだ。
 こましゃくれた後輩は、いつものようにそっとしておくにかぎる。
 風衣香を避け、佐里はバッグを置いて週刊の漫画雑誌を取り出した。畳に腰をつけて、読み続けているページを探す。畳部屋は佐里にとって落ち着く場所だ。顧問に怒られない程度に、居着いているスポットだった。最近は、そこに風衣香がいることが多い。
「いいなあ」
 神妙な顔で漫画を読んでいた佐里は、突然の女の声に顔を上げた。畳部屋には風衣香と自分しかいない。しかし風衣香はあいかわらず微動だにしていなかった。
 気のせいか、と、視線を下ろせば、もう一度声が聞こえた。
「サリちゃん先輩はいいなあ」
 間違いなく、風衣香の声だ。寝の体勢を崩さず、タオルに顔をかけたままでつぶやいている。まるでその言葉を拾ってほしいように言い、しかも佐里を名指しだ。姿を眼にしていないはずなのに、佐里が来たとわかったのが不思議だった。
「なんが、ええって?」
 佐里の問いかけに、ようやく風衣香が動いた。細い手でタオルをもぎ取って、ごろんと佐里に向く。佐里の太股近くにある風衣香が、見上げてきた。
「だからあ、サリちゃん先輩はいいなあって、今そこはかとなーく思ったのっ」
 眉間に皺を寄せて復唱される。佐里は、嫌な感じの絡み方がはじまった、と、思った。相槌打って終わらせたいところだが、いつものように八つ当たり対象とならぬよう気を引き締める必要があった。第一、先輩呼びの前に、ちゃん付けする時点でからかわれている対象だ。
 佐里自身、風衣香に変な意味で気に入られていることには気づいている。こうなったのは、佐里の親しい友人のせいだった。
「そんな、うちのどのへん指して言うとんの?」
「いろいろと、全部」
 丁重に言葉を返したにも関わらず、風衣香から戻ってきたのは素っ気ない応えだ。しかも彼女はまた目を閉じて沈黙をつくる。佐里は自然と漫画に目を戻した。反応がないところから、寝ぼけていたのだろう。そう結論づけた矢先に、向かい側から大きなため息が転がった。
「サリちゃん先輩って、いいよね」
 一つ前の発言とは声音の違う、しんみりとした物言いに、またなんなん? と、佐里は風衣香を見下ろす。つながった視線は、自分の腕を枕にした風衣香のほうから逸らされた。思わせぶりだ。まるで拗ねた子どものように見える。
「あたし、サリちゃん先輩になりたかったな」
 口をとがらせて言う彼女に、佐里も視線を泳がせた。
 返答に窮することを言われてしまった。
 佐里になりたい、とは、どういう意味なのか。風衣香は、自分からどんな言葉を引き出したいのだろう。語彙が乏しい佐里は、挙動不審にあたりを見回す。友人たちに助けを求めたかったが、あいにく今の言動を聞いている人はいない。
 風衣香が面倒な性格であることは、彼女が入学してきたときから知っている。彼女は佐里と違って、この私立の女子校に高等部から編入してきた珍しい人種だった。それでも先輩たちに可愛がられているのは、在学前から風衣香の従姉が二人この学校に在籍している点が大きい。その従姉の一人が佐里の親友なのだ。
 先輩に味方が多いことから、楽しい高校ライフを送っているように見える風衣香だが、一方で同学年から遠巻きにされているという話も聞いていた。事実、茶道部の後輩と仲良く談笑しているところを見たことがない。先輩と親しくしていることが怖がられる対象でもあり、妬まれる部分にもなっているらしい。
 風衣香はずぶといところと繊細な部分を持ち合わせていることを佐里は知っている。今日はクラスで何かがあって、この部室に避難してきたのかもしれない。その憶測は彼女の脳裏にも簡単に浮かんだ。そういうときに、返答に面倒な発言も多いからだ。
「んな、風衣ちゃんもええやんか。……そうやな、かわええし……ほら、頭もええやろ」
 励ます言葉を言うべきなのか。単に佐里を困らせたかっただけなのか、彼女には検討がつかない。佐里はしどろもどろしながら、もう一度「風衣ちゃんもええで?」と、返した。
 途端に、ちいさなため息が風衣香の口から漏れる。返答は不正解だったようだ。他にどう答えればいいのか。佐里はまだ、ここの元部長や彼女の従姉のように風衣香の扱いには慣れていない。
 なぜ、自分がよく風衣香と二人きりになってしまうのかと心の中でうなった。いつもならば、ここに彼女の従姉である楓が、のほほんとお茶を立てて場を和ませてくれるのだ。
 返答に窮する沈黙から、たたきのドアノブがかちゃりとまわった。
「佐里ちゃーん、おるかなあ?」
 高い声色を響かせドアを開けた愛子へ、二人とも反射的に目を移した。現部長の愛子は、同時に視線を向けられたことで一瞬訝しい表情をしたものの、検索する気はない様子で手招く。
「おったな佐里ちゃん、楓が呼んでんだわ」
 楓、という名前で、佐里の顔が安堵に包まれた。肩の荷が下りたかのような表情で、佐里は漫画雑誌を畳に置いて立ち上がった。
「すぐ行くで、どこにおんの?」
「美術室。なんか手伝ってほしいみたいなんだわ」
 愛子の言葉に、うん、と、頷いて佐里は足早に部屋を離れた。



 楓に呼ばれると、佐里は絶対に彼女のそばへ行く。
 美術部室は、この畳間の隣の隣にあって、佐里が扉を開ければ、楓がサリちゃんと声を上げたのが聞こえた。愛子は、中等部のときからまったく変わらない二人の姿を微笑ましく思いながら、ドアを閉じる。
 風衣香はその一連の動作を、重い瞼で見つめていたようだ。一風変わったところのある後輩から、意味深なアイコンタクトをされた愛子は、真意が理解できないまま、内履きを脱いでたたきを上がった。
 佐里との間に何があったのか知らないが、おおよそ八つ当たりでもしようとしていたのだろう。佐里は人が良すぎるところがある。悪い言い方をすれば優柔不断で、人に何かを求められるとすぐ動けなくなるのだ。まともに決断するのは楓に関することだけで、大抵は楓の意向に沿っていた。
 風衣香と楓は従姉妹同士だが、性格が全然違う。楓は場を和ませることが上手だ。佐里も楓も天然なところがあって、二人にしかわからない不思議な会話もよくしていた。少し雰囲気に鋭利な部分がある風衣香と楓が従姉妹だとは、本人たちから言われなければわからない。
「愛子先輩」
 その風衣香が、場に残る愛子の名を呼んだ。少しだけ不機嫌そうな甘え気味の声だ。佐里に比べ、愛子には多少先輩としての敬意を払ってくれる。茶道部でのヒエラルキーはしっかり身についているのだろう。風衣香は物怖じしない性格だが、場の空気は常に読んでいる子だった。
「風衣香ちゃん、なんかあったん?」
 愛子は楓と同じクラスで、佐里と三人組でつるむことが多い。楓から風衣香の性格は耳にしている。彼女が何を言わんとするのか検討はつかないが、おおよそ面倒なことなのだろうと思った。そうでなければ、佐里が助けを求める目を愛子に投げない。
「あたし、愛子先輩になりたかったなあ」
 息とともに吐かれた言葉を聞きながら、愛子は畳に腰を下ろした。すぐ佐里の間に繰り広げられた内容が想像できた。
 風衣香は佐里にも同じ発言を投げたのだろう。お人好しの彼女が、風衣香の望む返答をしようと悩んでしまうのは無理もない。その点、愛子はドライだった。
「そう?」
 少しとぼけた声を出す。寝転がる風衣香を見下ろして、にこりと小首を傾げてみせた。
「私は、風衣香ちゃんになりたいと思うけど?」
 はっきりと言い切られた風衣香は、即座に愚問を吐いたような渋い表情となった。
「私身長すんごく低いから、風衣香ちゃんの高い身長わけてほしいと思っとるし、英語強いとこも羨ましいわあ」
 愛子が続ける言葉に風衣香は沈黙し、もぞもぞと身体をそっぽ向ける。彼女は佐里の置いていった漫画雑誌を手で引き寄せて枕にした。
 居心地悪そうに、大きなため息をする風衣香の姿に、愛子は口許を緩める。いつも大人びた態度をしているのに、時々先輩格には幼い子どものような仕草をするのだ。
 愛子は立ち上がって、窓に寄った。カーテンを押し退ければ、西に傾く日光が降り注ぐ。晴天だ。
「今日は、最高の天気だわあ」
 その外から、笑い声が聞こえる。ガハハと笑う声は、美術部室にいる佐里のもので間違いない。あちらも窓を開けているのだろう。佐里と楓の仲の良さは学年でも有名なほどだ。それを愛子はそばで五年以上見てきた。
 愛子は、風衣香の気持ちが少しだけわかっていた。
 しかし、誰も自分は自分以外にはなれないのだ。カーテンを閉じて、部室へと向き直る。彼女は無性に、佐里と楓のところへ行きたいと思った。


 風衣香もわかっている。時々、自分の思い通りに思考が働いてくれないのだ。
 今日も、変なことを言って皆を困らせている気はしている。しかし、別に困らせたいわけではなかった。特に意味もなく、言ってみたかっただけだ。本人を前にして、言ってみたかっただけなのだ。
 下らない言葉が止まらないのは、自分が大人になりきれていない証拠だ、と、思いたくはない。自分が誰かに変わることはできないと知っているし、風衣香自身、自分のことがとびきり嫌いでもなかった。
 理性ではわかっている。しかし、現実は思考からまったく程遠いことを実行していた。
「できたわよ」
 大好きな声が自分に向けられているというのに、風衣香は瞳をわざとらしく開け、上目遣いで相手をぼんやりと見つめた。気だるそうに、お尻をぺったり畳につけて座っている。
「……風衣香ちゃん、顔が死んでるわよ」
 率直な感想を呆れ混じりに言われ、風衣香は眉を寄せたまま差し出されたカップを受け取った。試すように頼んだ抹茶オレという注文を、彼女はあっさり承諾した。しかも、わざわざ牛乳まで買ってきてくれたのだ。茶道部室で抹茶オレをつくったことを顧問に知られれば、元部長の彼女でも怒られるだろう。
 しかし、足を崩して飲んだ抹茶オレは、温かくておいしい。
「忍さん」
 最上級生の彼女は、後輩の呼びかけに、馴染みのお椀をテーブルに置いて風衣香を見た。
「アリガトウゴザイマス」
 畏まった風衣香に、忍は片眉をかすかに持ち上げて「どういたしまして」と、同じように答えた。忍は外部大学受験の勉強に忙しいが、時おり茶道室へ抹茶をつくりにやってくる。それは風衣香にとって至福の一時だった。
 風衣香が茶道部に入部することを決めたのは、従姉の楓が在しているからではない。当時部長だった忍を一目で気に入ったからだ。先輩呼びはしたくなくて、彼女から了承を得て、さん付けして呼んでいる。風衣香の今一番好きな人だった。
 忍は抹茶を嗜む予定で来たというのに、後輩の願いで抹茶オレという外道な飲み物を、たいした抵抗もなく茶道部室でつくってくれた。そうした、常識では非難されてもいいものを淡々と受け入れてこなす彼女が風衣香は好きなのだ。
 風衣香はもう一度抹茶オレをこくりと飲み、顔を俯けて、あー、うー、と、うなる。後輩の奇妙な行動にたいしても、忍は動じることなく読みかけの小説を取り出してパラパラとページを開いている。
「……忍さん」
 意味もなくうなった後、また風衣香は用もなく忍を呼んだ。
「どうしたの?」
 穏やかに返された言葉で、悶々とした心が途端に安堵する。あのね、と、風衣香は切り出した。
 すると忍は立ち上がって、窓の方へ向かった。午後半ばを過ぎたはずの空は、まだ強い太陽の暖かさを持ち合わせていた。秋はまだ遠い。外の光を部屋に連れ込むように、忍はカーテンを退けて窓を開けた。
 冷たさを持たない風のにおいを感じた。エアコンを消した忍は、全開にしてきた風に沿うように風衣香のところへ戻る。定位置である風衣香の向かい側に戻るのかと思いきや、風衣香の横へ当たり前のように座った。
 小説を自分のところに寄せて手に取る彼女を、風衣香は少しドキドキしながら眺める。忍の一段落した行動を確かめ、読書のせいで再度そっちのけにされることを恐れた風衣香は、世間話をする素振りをしつつ、内心そそくさと言葉を出した。
「忍さん、あのね、佐里先輩っていいですよね」
 突然人物名が出てきたことに、忍は顔を向ける。
「それは……お気楽そうって意味かしら?」
 淡々と訊き返される。風衣香は曖昧に頷いて、言葉を続けた。天に目を向ける。
「あたし、佐里先輩になりたかったなあって思うんです」
 忍の視線を感じながらも、交わすことなく天井の一点を見つめたまま、風衣香は息を落とす。
 言いはじめてしまったら、止めたくても止まらない。
「愛子先輩もいいなあ、」
 続いてゆく言葉が一区切りするたびに、一瞬の沈黙を付属される。言葉を吐くたびに、風衣香は視線をゆっくりと落としていった。
「楓姉もいいし、」
 ようやく、風衣香は忍へ顔を向けた。波のように打ち寄せて引く風が止まったときに、彼女は忍と視線をあわす。
「私、忍さんになりたかった」
 至近距離で目が合ったまま、風衣香は意味もなく真剣に言った。風が見守るように、二人の中に割り込んで取り巻く。返される言葉を待って、風位香は視線を逸らさなかった。
 柔らかに舞ったカーテンが、静かに位置を戻した。
「私が二人いてもうざいだけよ」
 平然と言いのけた忍の言葉に、風衣香は目をかすかに見開いてすぐ、不満げな表情で拗ねたように顔を背けた。
 あまりにも簡潔な回答だった。それは、風衣香の心にずしんと落ちた。忍は苦笑している。
「風衣香ちゃんは、風衣香ちゃんのままでいいんじゃないの?」
 彼女の飾らない言葉に、風衣香は俯かせてしまった顔をゆっくり持ち上げた。視線を戻して、また忍と目があう。
「私は、いいと思うわよ」
 しっかり肯定され、微妙な表情で風衣香は頷く。そして視線を明後日のほうに逸らした。
 不思議に肩の力が抜ける。風衣香は安心感に包まれていた。
 忍の腕に触れる。密着するように風衣香は動き、忍の方に顔を寄せる。忍はその動作に何も言わずなすがままだ。カーディガンが覆われた彼女の腕がかすかに動く。
 風衣香はゆっくり息を吐いて、目を閉じた。忍のにおいと、触れ合う体温が心地良い。今まで訪れていた自分にたいする嫌悪感や、コンプレックスがこの瞬間に吹っ飛んでいってしまった気すらした。
 彼女は、自分の拙さと、必死に答えを探していた自分に気づく。
 風衣香は、とりわけて『誰か』になりたかったわけではない。こうした自分でも、肯定してくれる確かな言葉が欲しかっただけだ。
 ただ、それだけなのだ。
 だからこそ、彼女はわかっていた。佐里や愛子、楓姉も、そして忍も、自分の望むささやかな言葉をくみ取って、各々に応えてくれようとしているのだろう。風衣香のワガママを理解して付き合ってくれるのは、彼女たちがオトナだからだ。風衣香はそう思う。
「あたし、もしかして、今すっごい甘えてるの?」
 今更気づいたという生意気な後輩の物言いに、忍は呆れたように苦笑してみせた。風衣香はとっさに顔を俯ける。何事もお見通しの忍に、これ以上情けない顔を見せたくない。
「自分でそう思うのなら、そうなんじゃない?」
 あえてはっきり言わない忍のうまい逃げ方に、風衣香は複雑な気分で畳に置いていたお椀を手に取って、中身を飲み干した。
 風と同じような抹茶オレの温度だ。
 そうして、忍が小説を開こうとする矢先で、風衣香はもう一度名を呼んだ。少し甘えた言い方に変える。
「忍さん、抹茶オレもう一杯飲みたいです」
 屈託ない表情に、忍は今度こそ白々しく視線を返した。
「……甘えすぎでしょ、それは」
 抑えていた本音を言うと、風衣香は少しふてくされたように駄々をこねる。
「ほら、やっぱり。どうせあたしコドモだもん」
 そう言った風衣香から、忍は器を取り上げた。立ち上がった忍の背を眺めて、「だって、おいしかったんだもん」と風衣香は少し嬉しさをにじませて付け加えた。
 仕方ないわね。つぶやく忍の声とともに、頭を撫でられる。その感触に、風衣香は猫のような微笑みを返して目を閉じた。何度も自分の世界を再確認する。
 誰かに傷つけられても、悲しみと幸せは隣り合わせなんだと思っても、あたしはやっぱり一人じゃない。だから、大丈夫。あたしは大丈夫。
 ドア越しに、佐里たちの声が近づいてくるのが聞こえて、まぶたを上げる。柔らかな風が紡ぐ世界は、信じる想いのぶんだけいつも、自らの手元に広がっているのだ。
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