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No.59 Afternoon Shower

08 19, 2012
 刹那の強い光に被って雷鳴が部屋を埋め尽くす。フル稼働にしたままのエアコンを気にしつつ、遊衣は勢いの激しい雨を見つめていた。停電を少し心配する隣では、双葉がテレビのチャンネルを何度も切り替えている。ニュース速報のテロップのとともに映し出されるのは、都心に猛威をふるう雷雨の映像だ。
 双葉がつぶやいた。
「ほらまた大雨警報だって」
 夏恒例の夕立程度ではすまない警告が、画面上で仰々しく散乱している。この家の主である八重子は、軽い用事に出たまま帰って来ない。集まるはずの夏樹と勇介もまだ来ていない。どの経路を使っているか知れないが、現時点でこの家へたどり着くには最悪な天候だ。
 彼らから連絡を待っているものの、これならこちらからかけたほうがいいのかもしれない。そう遊衣が思えば、双葉がバッグを引き寄せた。携帯電話を取り出しているところを見れば、遊衣と同じことを考えたに違いない。
「勇介にかけるの? それとも、なっちゃん?」
 双葉は簡潔に、夏樹、と答えた。そして、一向に出て来ない彼に何度も回線を繋げる。遊衣も勇介に電話かけようと思いながら、彼女の動作を横目で見つめていた。すぐに、雨音に混じってどこからか物音が聞こえてきた。
「ね、外から変な音しとらん?」
 遊衣の見やったほうへ、双葉も首を動かす。玄関のほうからだ。
「ん? 外っぽい? もしかして、」
 インターホンが鳴った。双葉は携帯電話の回線を切ることなく、慌しく玄関先へ向かう。遊衣も彼女の道筋を辿ってドアの開く音を聞く。すると、ずぶ濡れの男が悲惨な状態で姿を現した。夏樹だ。玄関へ踏み入れた足元は瞬く間に水溜りとなり、左手にはほぼ全壊の傘、右手には奇跡的に死守したらしいバッグがある。言葉を発する気力もない様子に、双葉が耐え切れず爆笑した。いまだに鳴り響くのは大振りの雨の音と、状況にそぐわない爽快な着信音だ。
 普段は恰好良い容姿で女の視線を多く受ける夏樹だが、こうもボロボロな状態を見てしまうと不憫だ。遊衣も込み上げる笑いを抑えなかった。夏樹は半ば放心状態で女友達を見つめてたものの、笑い続ける二人に眉をひそめバッグをたたきに上げた。
「……おまえら、助けろよ」
 折れ果てた傘を横に置く。その傘の破損度が、いかに夏樹が必死になって来たかを教えてくれる。双葉は手伝おうとした手を止めてまた笑い出した。夏樹はあからさまに不機嫌を表情に見せて、びしょ濡れの身体を武器に双葉の肩を強く掴んだ。遊衣は反射的に身体を引き、双葉は軽く悲鳴を上げる。
「助けろって!」
「ちょ、やめてよ! もう、タオル持ってきてやるから!」
 雨のとばっちりを喰った双葉は夏樹を振り切り、バスタオルを取りに行く。遊衣も彼の無残な姿に笑いをかみ殺しながら声をかけた。
「なっちゃんお疲れ。勇介は、まだ来てないんよ」
「あ、マジか、まだって……なら、そうだユイ、ゆうちゃんに服借りれないか訊いてくんねえ? あいつの性格ならまだ家にいそうじゃん」
 夏樹が髪の雫をかきあげながら尋ねる。遊衣は、そうだね、と頷いた。
「ちょっと待って」
 携帯電話を取りにリビングへ戻れば、玄関先から双葉の声が聞こえてくる。タオルを夏樹に渡しているのだろう。
「えー、それ持ちたくない」
「持てよ。抱きつくぞ、おまえ」
「したらコロス。も、このままバスルーム直行して! 床濡らさないで行ってよ、八重子にしばれんだよ」
「おい、無理いうなおまええ」
「無理じゃなくてやんなよ! ちょ、ふざけないで夏樹!」
「ふざけてんのはおまえだろ!」
 押し問答を背中で聞きながら、遊衣は勇介の携帯電話に電話をかけた。耳にコール音をあわせながら玄関先へ歩けば、そのまま風呂場へ突き進む夏樹と床に滴る水を見ながら追う双葉が見えた。風呂場で騒ぐことにしたようだ。
「あ、勇介。まだ家なん?」
 勇介が自宅にいるとわかれば、遊衣は夏樹から頼まれた用件を伝える。外はいまだ止まぬ雷鳴と大雨だ。この中でも自転車を使って来た夏樹の強情さには、感嘆したくなった。自分ならば、途中で降られても速攻で引き返す。勇介も自転車で来るのをやめると受話越しに話している。遊衣はそれに賛同して回線を切った。そのほうが無難だ。
 この家の主も買出しに出かけたまま雨が止むまで帰って来ないだろう。流れているテレビを見直せば、大雨警報は解除されていないものの、ピークは過ぎたという情報が流れていた。風呂場から大声と物音がする。仲の良い二人はよく喧嘩よろしくじゃれあっている。遊衣が冷蔵庫から飲み物を取り出して椅子に坐れば、双葉が疲れた顔をして戻って来た。
「よくやるよね、二人とも」
「やりたかないんだよ。あいつ人をことごとく巻き込むの、やめてほしいんだけど」
 双葉が遊衣に愚痴りながら腰を下ろす。扇風機の首を固定して風を勢いよく廻した。
「勇介、いつ来んの?」
「三〇分後くらいって。地下鉄で来るってゆっとったよ」
「うん、勇介は賢明だ。それに比べて夏樹はバカすぎる。服どうすんの」
「勇介が着替え持って来てくれるって」
「そうだね。それがいいよ」
 女主のこの家に男の服はない。勇介が来るまで、夏樹は着るものがないのだ。だが、夏樹が三〇分も風呂の中に留まって居られるはずがない。出て来るということはつまり、バスタオルを巻いてくるのだろう。双葉は思い至ったようで、声を上げた。
「うわっ、ウザッ! 早く来い勇介!」
 女子らしくない乱暴な言葉を吐く。遊衣はその一連の行動に苦笑した。
 数分後、双葉の想像したとおり、バスタオルを腰に巻いた夏樹が我が家のようにやってきた。
「あんた、女二人いてそれはどうよ」
「服ねーんだから、仕方ないだろ」
 双葉の嫌そうな言い方を、夏樹が一刀両断する。遊衣は、まあ確かに仕方ないかあ、とつぶやいた。
「ユイ、ゆうちゃんっていつ来んだ?」
 一応、服装をどうにかしたいと思っているらしい。夏樹に問われた遊衣は自分の携帯電話を眺めた後、「後三〇分くらい?」と言葉を返した。今の雨に、夏樹が必死になって来た時の激しさはなく、雲も白色が増してきた。あと少しで雨も止むだろう。
「そういや八重子は?」
 今更この家の主の不在に気づいた夏樹は、スペースの広い双葉の隣りに坐った。双葉はテレビの情報以外は聞く耳を持たない状態だ。無視するつもりらしい。遊衣が代わって彼の視線に反応する。
「さあ?」
「って、わかんねーのかよ」
「あ、警報消えた」
 双葉の言葉に、二人は顔を向ける。
「とりあえず、八重子に連絡しようよ」
 続けて彼女は、残りのメンバーにそう促す。遊衣は仕方なく、もう一度携帯電話を取り出した。二人のことが待ち遠しくなっていた。夕立はつかの間の涼しさを運ぶ程度で、また夏の暑さを呼び起こすだろう。
「もしもし、八重ちゃん? いまどこにおるん?」


「もう止むみたいだから、戻るよ」
 八重子はスーパーの軒先で、止みかけの雨空を見ながら電話越しの遊衣に答えていた。こちらは、本屋と郵便局からスーパーに向かう途中で大雨に遭遇した。うまく回避できたとはいえ、服は少し濡れている。帰宅したいのは山々だ。
 夏樹の話を聞き笑いながら、もう一人の行方を訊いた。
「それで、勇介は?」
『チャリやめたって。も、そろそろ地下鉄で着く頃かな?』
「そう。……じゃ、勇介と一緒に帰ろっかな。スーパーに呼んで」
 その発言に、好きにしたら、と、受話器越しに返ってきた。遊衣との回線を切って、即座に勇介へ電話する。
「……あ、もしもし勇介どこにいる? ……うん、じゃ、四番出口のほうに出て、スーパー来てよ。駅からすぐのとこの」
 呆れ声が了解のサインと知れて、八重子は明るさの増した空を出入り口から見上げた。
「あ、勇介、今虹が見えてるよ! 早く!」
 明るく上げた声に、すぐ行くから電話切るぞ、と勇介が言葉を返して回線は途切れた。八重子も携帯電話を耳から下ろしてポケットにしまう。後少しすれば、先ほどの夕立も嘘のような蒼さが空に帰ってくるのだろう。
 すがすがしい風が通り抜けて、彼女はひとつ深呼吸する。そして、眩しくなっていく通りに目を細めた。
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