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No.60 ドレスアップ

09 09, 2012
 祝日明けの真昼は眠い。営業まわりで、閑散とした列車に乗ったときは決まって睡魔が襲ってくる。昼食を早めに終えたばかりの怜治には、晩冬の風と距離を置いた車内がさながら春の花畑のようだ。
 都心から一時間ほど離れた町の始発駅は人影もなく閑散としている。ホームで出発時刻を待つ列車六両には、両手で数えるほどの人数しか乗車していないのだろう。怜治の座っている車両には、現在のところ彼しか乗っていなかった。ドアは寒い時期の始発車であるせいか、奇数間隔でしか開いていない。発車を五分後に控えているが、人が増える様子もない。
 怜治は横に延びる座席の真ん中で、大きなあくびを一つした。黄色にも似た淡い太陽が、ワイシャツの首襟にあたっている。遮光するには惜しい熱だ。
 スプリングクッションの効いた座席は古めかしいが、寝そべりたい衝動にかられる光沢があった。小春日和の熱を受けながら眠る贅沢は、今の怜治にとって何よりも勝る。昨日の休みも、彼女との式場めぐりで丸一日つぶれていた。こうした休日の使い方を、ここ一ヶ月前から何度も繰り返している。
 今付き合っている彼女と結婚する。
 そう決めたのは怜治だ。しかし、式場を決めるところからこれほどまでに時間を費やすとは考えてもいなかった。しかも、結婚式で張り切っているのは彼女だけでない。怜治の両親も同じで、皆の希望に一致した式場がでてくるまで、休日返上になることは確実となっていた。時間の無駄、とまでは言わないが、仕事をしている人間を少し労ってほしいとも思う。
 いっそ、俺抜きで全部準備してくれないだろうか。
 彼女が聞いたら激怒しそうなことを怜治は思いながら、ゆっくり目をつぶる。胃の中には、昼飯に食べた丼物が気持ちよく収まっている。帰社すれば山のような書類作成が怜治を待っているが、今は電話さえこない限りうたたねすることも許される。
 少しでも、結婚式準備にたいしてモチベーションが上がるようなことがあればなあ。
 怜治は、頭の中であまり公言できないことをつぶやいた。仕事のことがある程度整理できると、次にいつも考えてしまうことが、自分だけのものではなくなってしまったプライベートに関してだ。恋人も一応常勤で働いているものの、忙しくない職場の事務であるせいか、いつも定時に上がってくる。営業も兼ねて出回ることの多い怜治のほうが、忙しいのは明白だ。しかし、業務と立場の違いを嘆いても仕方がない。
「三番線の列車は、まもなく発車いたします」
 アナウンスがスピーカーから響き、怜治は目を開けた。発車時刻前にあわせて、乗車してくる地元の人たちも多いはずだ。背広を着た社会人である身として、少し座り方に気をつけようと怜治が身を正せば、すぐ視界に気になるものが飛び込んできた。
 何か奇怪な色が、ひらひらと優雅に浮いている。
 黒のあげは蝶だ。
 怜治が思ったとほぼ同時に、蝶は彼の背にある窓へ激突した。怜治は、斜め上を仰いでその様子を見る。久しぶりに見た種類の蝶だった。冬に飛んでいるのはとてもめずらしいが、ここ最近日差しの暖かい日が続いている。一先早く春のにおいをかぎつけて、成虫になってしまったのかもしれなかった。
 列車に舞い込んできてしまった蝶は、少しひるんだものの、何度も窓を体当たりを試みて、ガラス面に脚をつけようと滑らせている。蝶が車外に出ようとしていることは、怜治からもよく理解できた。しかし、ガラスは蝶を通さない。この調子では自力で外にでることはできないだろう。
 発車のベルが鳴った。固い窓を開けるより先に、怜治はあげは蝶を捕獲することにした。彼は席を立った。同じガラス面を何度も押し抜けようとする蝶の背後に近づく。蝶は怜治の存在に気づかない。よく見れば、黒を基調に水色をあわせた、とても美しい柄の蝶だった。蝶にも多少模様に個性があるのだとすれば、この蝶は間違いなくトップブランド級のセンスを持ち合わせていた。
 怜治はそっと両手で蝶を捕らえた。二度目の発車ベルが響きわたる。自動ドアが閉まるという合図だ。怜治は慌てて乗車ドアに向かった。
 腕だけをホームに伸ばして、すぐ両手を開く。蝶が飛び立つのを確認する前に、その手を車内に引っ込めた。ほぼ同時に、自動ドアが口を閉ざす。
 怜治はドア窓を見つめて、目を疑った。
 無意識に探していたのは蝶の行方だ。
 しかし、ドア窓のすぐ向こうには、漆黒の髪をした美しい女性がいた。自動扉が閉まる前にはいなかった存在に、怜治は驚きのまま立ち尽くした。彼女はやさしい波を打つ、水色の淡いドレスを着ている。閑散としたホームに、場違いの服装だった。しかし、怜治は完成された美に目を奪われていた。すぐさま魅了されたのだ。
 美しい女性が動く。霧にも似た繊細なレース層の裾を、か細い両手で軽く持ち上げた。そして、彼女はちいさくお辞儀をした。
 列車が動いていた。怜治ははじかれたように、移り過ぎる情景にあわせ隣の窓に駆け寄った。
 いたはずの、女性はいない。
 窓に張り付き、行き去るホームへ目を凝らす。しかし、駅員のほか人影を見つけることはできなかった。一瞬の出来事だった。それ以前に、目を奪われるほど綺麗なドレスを着た美しい女性が、このような片田舎の駅ホームに立っているほうがおかしい。
 怜治は、それでも錯覚ではないと思っている。女性の顔よりも、ドレスの美しさが彼の目に焼き付かれていた。ドレスは淡くシンプルな色使いだったが、レースを大胆にカットして重ねていた。胸からリボンのように肩を隠す張りは少し厚めの光沢ある布で、複雑な刺繍がほどこされ、レース地にキリリとした印象を与えている。
 そのドレスデザインは、さながら両手で捕らえたあの蝶の模様にそっくりだった。
 きっとあのとても美しかった彼女は、黒あげは蝶だったのだ。その発想は奇怪でも、怜治の心に気持ちよくフィットした。
 揺れる車内から、鞄のある座席の戻る。そして彼はすぐ、自分の結婚相手を思い浮かべた。あの手のドレスは、おそらく恋人にもよく似合う。
 結婚式は、あのドレスにしよう。
 彼は鞄のある席に戻りながら、そう決意した。男が花嫁衣装を決めてしまうのは少し異様かもしれない。彼女も自分の着たいものと違うなどと反対するのが目に浮かぶ。しかし反論されたときは、お色直しのドレスとして増やせばいい。
 今見たものと、極力似たドレスを探そう。ないのならば、オーダーメイドで一からつくってもいいだろう。費用は膨れ上がるが、怜治も資金をかなり出す。文句は出ても、言い分は通るはずだ。彼は革の鞄から手帳を探す。口元が上に向いていた。
 あの美しいドレスと瞬間を、自分の花嫁で再現させる。
 そう考えただけで、怜治はこれからの休日が一気に楽しみになってきた。
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