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No.63 HAPPY CAKES

10 28, 2012
 実家を経由してイチゴが送られて来た。

 そう佳菜が電話越しに話したことを理沙はしっかり覚えていたらしい。佳菜がドアを開けると、明るい日差しの中で彼女はケーキの紙箱を携えていた。
「イチゴは寒い季節イチバンの食べ物だよねー」
 そう言いながら皿やフォーク、包丁を取り出す理沙を横目に、佳菜は頼まれるままポットに火をかける。早起きした今日はオフ日ではない。午後から稽古場に向かう必要があった。十二時半までに家を出なければ劇団のミーティングに間に合わず、いつもならば理沙と途中駅で待ち合わせて軽くカフェで食事をとった後、ともに現地へ赴くパターンなのだが、……朝の洗濯物途中で理沙からメールが着た。お昼ごはんはカナん家で食べたい、と書かれてあって、そのとおり彼女はやってきた。
「リッちゃん。ケーキって、昼ごはん?」
「イエス。あ、飲み物は前に置いてったティーパック、フレーバーじゃない普通のね」
 さも当たり前のように言葉が返ってくる。食にあまり頓着のない佳菜は、理沙の回答に頷いた。夕飯にケーキだけは少々辛いが、朝昼兼用の食事でケーキは悪くない。
「それで、今日って、なんか特別な日?」
「うん。カナんちにイチゴが来た日って意味では、特別じゃん」
 理沙が我がもの顔で冷蔵庫を開ける。一人暮らし用で容量はないから、箱で送られてくると棚一面がイチゴ色に染まる。いいねー壮観! と、声を上げて理沙が2パック取り出した。瑞々しい赤だ。
「……でも、毎年、送られてるよ」
「うん。毎年、この日を楽しみにしてるんだもん」
「今じゃなくて、夜来ればよかったのに」
「だって、待てなかったもん」
 シンクで彼女がヘタを取りながらイチゴを洗う。理沙が無類のイチゴ好きなのは知っていた。彼女の大好物がイチゴだと知った年から、佳菜は毎年定期的に親が送ってくるフルーツの類でも、イチゴはかならず送ってほしいと頼むようになった。普段は「果物もう送って来なくていい」と拒否する淡白な娘が、イチゴだけ欲するようになった心境の変化に、両親は喜んで季節の間を空けて二度も送ってくれるようになった。
 水の音がする隣で、佳菜は理沙の手先を見る。長年ピアノを習っていたという細くて長い指だ。イチゴの扱い方はやさしい。佳菜はイチゴよりも、その手のほうが好きだった。視線を彼女の顔に移した。それに理沙もつられたのか、首を横にひねった。
 先に食べる? と、言ってくるのかと思っていた口許は、見つめている間に軽く佳菜のくちびるに当たった。二人きりのときによく不意を打つ理沙のキスだ。離れた後はやさしい瞳を返してくれる。双眸の縁はアイラインを引かなくてもはっきりしていて睫毛も長い。佳菜は彼女とはじめて会ったときから、とてもきれいな目をしていると思ったものだ。
「ケーキ、ホール買っちゃった。ちっちゃいの選んだけどねー。開店直後に買ったから選びたい放題だったんだ」
 理沙はまた話しはじめながら手を動かす。ザルにイチゴが山盛りとなった。佳菜がポットの火を消して、カップの用意をする。
「どんなの買ったと思う?」
「……クリーム多いやつ、かなあ」
 佳菜の推測に、理沙はそんな感じ、と答えて先にテーブルへ向かった。ケーキ箱を開けるようだ。佳菜がマグカップとティーポットを持っていけば、ホールケーキが全貌を見せていた。
「ああ、リッちゃん、やっぱりショートケーキ」
 誕生日会のようなイチゴたっぷりのケーキだった。四人前くらいのちいさめサイズで、果物の比重が多いように見える。この手のケーキは高い。
「うん。だってケーキでイチバンおいしいのは、イチゴのショートケーキでしょ」
「イチゴのショートケーキを、イチゴと一緒に?」
 視界がイチゴだらけだ。昼食はケーキというよりイチゴだった。
「……ダメ?」
「ダメじゃないけど」
 理沙は好きになった食べ物にとことん執心するところがあると佳菜は知っている。プライベートも一緒に過ごすことが多いから、理沙の食へのこだわりにはよく振り回されているのだ。理沙は好きになった食べ物をとことん毎日食べないと気がすまない。そのわりに、飽きるのも早い。ただ、イチゴは幼い頃から妄信的に好いていたようだ。ケーキ屋に行くと、かならずイチゴの入ったものを買う。生のイチゴが入れば、ケーキでもタルトでもムースでもゼリーでもなんでもいいらしい。
 外出までまだ一時間以上あったが、理沙も佳菜も時刻を意識して用意を早める。目の前に食べ物が揃うと、さすがに腹の虫も唸った。器用な理沙が少しおおきめに包丁でカッティングして皿に取り分けた。空いている部分にイチゴを敷き詰める。
「すごい、イチゴまみれ」
「至上の贅沢! やってみたかったんだ、これをー!」
「イチゴの季節、おめでとう」
 佳菜の言葉で、イチゴだらけの昼食がはじまる。早速、理沙が一粒イチゴを口に入れた。目を閉じて咀嚼する。
「うん、おいしい。ハッピー・ストロベリー」
「……この光景、子どもが喜びそう」
 ケーキを崩しながら、ふと佳菜は送ってきた親元にいる姪たちを連想した。小学入学前の彼女たちもイチゴが一番好きなのだと姉が話していた。ケーキのクリームは少ししつこい。少し酸味のあるイチゴにはぴったりだ。
「なんかさ、……私がオトコだったら良かったって思わない?」
 黙々とイチゴにケーキをあわせて食べていた理沙の声が聞こえて、佳菜は目を向ける。唐突な質問だった。
「なんで? 急に?」
 理沙は、時々不思議なことを佳菜に言ってくるときがある。今回も佳菜は少し眉を寄せてケーキを食べながら、彼女が配役で男装の難しい役に挑むことを思い出していた。もしかしたら、煮詰まっているのかもしれないと考えたのだ。
「だって、カナって、けっこう子ども好きじゃん」
 しかし、思っていたことと実際は違う言葉が返ってくる。佳菜は理沙の思考が読めなくなって訊き返した。
「子ども? 配役で子どもが必要になったの?」
「違う、違う。そういうんじゃなくって。普通にさ」
 声のトーンとともに、食べるスピードも明らかに落ちた。その様子を見つめれば、佳菜の手も動かなくなる。
 よくわからない。理沙を真摯に見た。すると、彼女の目に自分が映る。
「普通に……私が男だったら、カナと結婚できて、カナとの子どももできて」
「うん」
 無理のある仮定に、首を傾げながら頷く。理沙が男になっても、女のままでも理沙は理沙だ。
「ごめんね」
 自分でも、空想の域を出ない話に疲れたのか、理沙が息を吐いて謝った。佳菜はもう一度おおきく首を傾げた。
「なんで、謝るの?」
「謝る。本当にごめん」
「よくわからないけど、リッちゃんはリッちゃんでしかないし、」
 理沙が男であろうと女であろうと、佳菜には元々どうでもいいことだ。彼女であればいいし、逆に彼女以外は本当にどうでもいいのだ。
「わたし、リッちゃん以外いらないよ」
 その返答に、理沙が目を見張らせて、え? と、言った。
 佳菜は、自分がもとより他者や他の生きものに対しての意識が希薄なことをよく理解している。演技を扱う上で、昔はその点をよく先輩から指摘されていた。親にも感情が薄い子、と、よく言われていた。
 人のことなんかどうでもいいんじゃないの? 
 そうきつく言われたこともあった。それにショックを受けるまでもなく、佳菜は自分はそういうものだと思っていたのだ。
 ただ、理沙と出会ってからそれは少し解消されはじめている。理沙のことはなぜか他人事にできないのだ。
「結婚とか子どもほしいとか、リッちゃんに会う前からまったく考えたことなかったし」
佳菜は気持ちを伝えながら、理沙の不可思議な発言の意味を探った。すぐひとつの記憶に行き着いた。
 数日前のことだ。劇団仲間と子役の話題から変遷して、姉が三人目の子どもを身ごもった話をした。双子の姪がそれを喜んでいるという雑談の最中に、理沙が佳菜のそばへやってきたのだ。実際どこから話を聞いていたかわからないが、その話題が引っかかったのかもしれない。それ以外で佳菜には検討がつかなかった。
 とはいえ、佳菜自身は子どもが好きではなく、実家に帰っても遠巻きに眺めている程度だ。突拍子もなく突進してくるような生きものは苦手で、犬猫といったペットにされる動物の類もあまり好きではない。それに、今は自分のことと理沙のことで手一杯だ。
 仮に女同士で子どもが生せる世になったとしても、別に理沙との子どもはほしいと思わない。理沙と自分の遺伝子を継いだ生きものなど、佳菜には育てられる自信がない。
「今はもう、リッちゃんだけで十分だから」
 率直な気持ちを口にすると、間を置いて、なんか、と、理沙が呟いた。
「すごく幸せになっちゃった」
 コロッと表情が変わった。それは言葉のままを体現していた。佳菜はその呆気ない切り替わりに瞬きして笑った。
「リッちゃん、単純」
 イチゴにケーキのクリームをつけて頬張った理沙が、鼻でふふんと発する。
「人間、単純なほうがシアワセなんだって」
 水滴でキラリと光った紅い果実をフォークで刺す。それを彼女が佳菜の口許に持っていった。同じようにフォークに刺したイチゴを手にして、理沙のを先に食べてということか、と見つめる。
「ね、チューして、」
 食べろ、という意味ではないとわかった佳菜は、言われるまま口づけた。くちびるが触れたイチゴは、理沙が手を引くと同時にさっと離れる。そして、なんでもないように理沙はそのイチゴを食べた。
「んふふ。ストロベリー・キッス!」
「……なにそれ」
 よくわからないと、佳菜が首を傾げて呟けば、でも今のが一番おいしい、と、理沙が言う。それがあまりに嬉しそうな顔だったから、佳菜も興味を持って、フォークを握りなおした。
「なら、わたしもやってみる」
「カナのそゆとこ、大好き。愛してる」
 理沙はそう微笑んで、近づく真赤なイチゴの表面にそっと口づけた。
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