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No.66 ロウバイは咲く

01 17, 2013
「太一、そこのお寺、ちょっと寄っていい?」
 唯那の言葉に、隣を歩いていた太一は顰め面を向けた。キャリーバッグを引いているのに、あの階段を上れというのか。表情に描かれた文句を拾って、唯那は付け足した。
「いいじゃん。また当分帰ってこないんでしょ。今の時期にしか見れないんだし」
「見るって、なにをだよ」
「花だよ」
「だから、なんの、」
「黄色いやつ。名前忘れちゃった。でも、昔よく遊んでたときに太一も見てたから知ってるはずよ、この時期にすごいにおいがするやつ。お母さんが好きな花じゃなかったかなあ」
 姉の発言は成人してからも弟より優位に立つ。案の定、太一は嫌そうな顔をしたものの、ノーを突きつけることはしなかった。十数段上って辿りつく寺は姉弟の幼少時代にかっこうの遊び場となっていた。母親が、あそこなら子どもが遊んでいても危なくないと奨励していたからだ。
 太一もそれを思い出したのかもしれない。黒光りするキャリーバッグを持ち上げて唯那の後についてくる。真昼を目指す晴天は、新しい年にふさわしく元旦から続いている。太一は明後日から仕事がはじまるという。今住んでいるところへ帰宅するのに列車と新幹線を乗り継いでいくものの、時間にはまだ余裕があった。それに、寺を突っ切って駅に向かうルートもあながち遠回りでないとわかっているのだろう。
 次第に漂ってくる何かの香りを、唯那は境内に足を踏み入れるとともに見つけて振り返った。
「ほら、このにおい」
「……ああ、」
 二人して見上げた木の枝に、慎ましく点々と花がふるえていた。芯までやさしいイエローに花弁を染め、真冬をしのげるとは思えない可憐さがある。そのわりに芳香は強い。
「ほんと、名前なんだっけ」
「オレに訊かれても、覚えてねーよ」
「したら、帰ってからお母さんに訊くかあ」
 唯那は母と違って花のかたちより、この濃厚な香りが好きだった。植物の色に乏しい季節をあえて狙ったように主張する花から、見習うべきところはたくさんある。最近、花を見ると擬人化する癖が唯那にはついていた。会社の先輩でそういう発想をする人がいて、感化されてしまったのだろう。
 この花は、おとなしそうに見えて要領の良い小悪魔的な感じ? 後で、花言葉も調べようかな。
 そんなことを考えながら、ガラガラと音を立てる太一を見やる。まったく興味がないのかと思えば、香りが気になるようで、姉の後ろを歩きながら花々に目を留めている。舗装された小道は階段を登ったぶんだけ少しずつ下っていく。ふいに花の咲く木は消えて、わずかなにおいだけが空気に浮いた。いまや寺は通過点でしかない。
 子どもの頃に遊んでいた記憶とともに数段の石畳を降りて、路地へ脚を踏み入れる。
「列車の時間、大丈夫?」
「大丈夫だよ。あと一〇分あんだし、こっから五分もかかんないだろ」
「まあね」
 正月気分の抜けない集落が広がる。行き交う人は少ない。大通りを利用しないルートで駅の屋根が見えてくれば、隣の太一が大きく白い息を吐いた。これから帰る道程を思ったのかもしれない。
「姉ちゃん、スーパーはあっちだぞ」
 歩みを止めない唯那に、ようやく彼が声をかける。唯那は弟の気分が朝から優れていないことを密かに知っていた。昨日までは、朝食から寝過ごさず家族に顔を見せていたのだ。しかし、今日だけは両親が外出したのを見計らってきたように起きてきた。わざとらしい、と、彼に残された朝食を差し出しながら姉は心の中で思っていたのだ。
 それで弟にたいする良心も少し生まれていた。
「いいよ。先に太一送ってく」
 独りで家路に向かわせるのは可哀想だ。どうせまた、彼は母親が懇願しないかぎり旧盆まで帰ってこない。姉の気持ちを汲み取ったのか遠慮の言葉もなく、太一は改札の前で立ち止まった。唯那は有人の券売所へ顔を出して中の人と話し、弟のところへ戻る。かろうじて二本通う線路のひとつを跨ぎ、ホームへたどり着いた。設置された椅子は空だが、列車はじきにやってくる。唯那は彼を見上げた。
「お母さんに、顔みせなくてよかったの?」
 その質問で、太一はわかりやすく表情を曇らせた。昨夜、母親と寝る前にケンカ別れしたのを見ているのだ。仕事へ出かけた母へ挨拶せず愛知に戻っていく弟が、何かしら名残惜しい感情をもっていることくらい姉として気づいていた。
「いいよ、必要になりゃまた来るから。三時間あれば来れる距離だろ」
 想像したとおりつっけんどんな言葉が返ってきた。太一と母親は、彼が中学生になった頃から、時々修復に時間を要すようなケンカを繰り返す。二人とも頑固なのだ。唯那は相変わらずの関係性を見ながら、お互いなぜ似ている性格なのに理解しあえないのか、言葉が足らずに揉めるのか、反省しないのか不思議だった。でも、太一が母のことをとても好きでいると知っている。かなり昔、彼が高校生になる前くらいのときに一度聞いたことがあったのだ。愛情の裏返しなのかもしれない。
 それでも就職先を、これほど遠くにするとは思わなかった。家族のそばから離れることはないと、父母も姉も思っていたのだ。
「ねえ、太一」
「うん?」
「なんで就職、東京の会社にしなかったの? 東京のほうがここから断然近いじゃん。新幹線で一時間くらいなんだし」
 より遠くへ離れた理由を訊いたことはなかった。本人が前に公言していたのだ。
「そりゃ、行きたい会社が中部にしかなかったんだから、仕方ないだろ」
 そのときと同じように太一は言った。それを言われると、姉としても何も言えなくなる。
「まあ、そうだけど」
 でも、そうじゃないんだけど。反語を相づちに込めた。合図が響くと、線路から二両列車が滑り込んで来る。手押しのドアは、内部の人によって開けられた。
「母さんのことは、」
 弟の言葉に唯那は頷き、降車する人の動きに目を向けた。それとともに内部の暖かい空気が少し降りてくる。
「よくわかんなくなる。そばにいるとさ、なんか、こう、」
 ……好きすぎて。
 唯那はかすかにかたどられた言葉を拾って、彼を見た。
「好きすぎるから、離れるんだよ」
 太一は台詞とともに列車に乗った。すぐに振り返った。
「言うなよ」
「言わないよ」
 姉が即答した瞬間にドアは閉まった。彼が表情を変えず窓越しに手を挙げる。唯那も手袋をした手をちいさく振った。列車は次の駅へ行く。
 血を分けているぶん、簡潔な告白は胸を突いた。彼の言うことがよくわかる。幼い頃から太一は母の手を焼かせていたのだ。逆に唯那は、弟に母親を独占されて悔しい気持ちになったこともあった。ただ、姉として弟と母の関係性を長いこと眺めて、この二人は自分とは違う複雑なものがあるのかもしれないと思うようにもなっていた。だからこそ、唯那は彼が母から離れることはないと漠然と決め付けていたのだ。彼が長男だから、というのもある。
 しかし、実際は太一が率先して遠方へ就職したいと願った。そして、それを一番に肯定していたのは母だった。
「そっか」
 唯那はつぶやいてホームを離れた。
 太一の判断は、きっと正しい。
 弟が無事に帰路に着くことを願いながら、駅前のスーパーへ脚を進める。帰るときはまた、あの黄色い花の咲く道を通って行こうと思った。
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