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No.74 book of days

06 30, 2013
 本棚の枠にきちんと揃えられたハードカバーの書物の中で、加世はカタカナのタイトルを指で傾けた。随分前に読んだ恋愛小説のひとつだ。官能的なところはひとつもなく、どちらかというと青春とファンタジーを掛け合わせた内容で気楽に読める。それは雅紀に貸す重要なポイントでなった。彼は読書が好きだが、文豪の描き申したものや小難しい小説を厭う傾向がある。
 ぱらぱらとページをめくって、加世は頷いた。よし、これにしよう。薄い金属のしおりをはさんで、掛け時計を見る。あとは雅紀が来るのを待つのみだ。メールに書かれてあったとおり、彼は私服に着替えてやってくるだろう。玄関先で待たなくても、隣宅の一人息子はこの家で顔パスの扱いだ。加世の家の書斎ならぬ図書室でいつも顔をあわせている。
 彼に読ませる小説を片手に、彼女は文豪棚へまわる。プリーツのスカートが窓からこぼれる夕日の光を薄く反射させる。このところ雅紀が読む小説のセレクトは加世の役目だ。今日の小説を渡したら、次は文豪の恋愛小説を貸そうと考える。きっと三島由紀夫の「潮騒」あたりならわかりやすいかもしれない。
 二ヶ月くらい前から、なぜか彼はいわゆる恋愛小説に近い類の本を好むようになっている。
 中学二年生の雅紀が、恋愛小説を読む。どういう心境の変化かわからないが、今までファンタジーやスポーツ青春ものの軽い現代小説を親しんでいた彼が、いきなり恋愛小説を手にしたときは驚いてしまった。夏休みのある日のことだ。加世は驚きのあとでおおいに笑った。雅紀はムッとしていた。「いいの貸してくれよ、こういうのも読んでみたいから」、そう言った彼にスポーツと恋愛がミックスされた文芸小説をすすめたのだ。加世のセレクトは大変お気に召したらしい。
 彼にどういう心境の変化があったのかはわからない。好きな子でもできたのか、と、そのときに訊いてみたが、渋い顔で「そんなんじゃない」と答えられた。生まれてこの方、ずっと成長をともにしてきた一人っ子同士の幼なじみだから、彼が初恋をした時期も失恋した話も知っている。ただ、彼の恋愛を突っ込んでからかうような野暮なことはしなかった。
 加世が三つ上であるせいか、姉と弟という設定が双方の親からされているものの、互い不思議とその意識はなかった。どちらかというと、姉弟というよりも同志に近い感じだ。元々はじめから会話の多い間柄ではない。雅紀はコミュニケーションが昔から少し苦手なのだ。加世と雅紀は言葉をあまり必要としなかった。
 それというのも、はじめから二人の間には「書物」が存在していたからだ。
 どちらも幼いときから本の虫だったというわけだ。加世の場合は両親が無類の読書好きで、それが遺伝したのだろう。ハイハイする頃から母の膝に乗って絵本を見ていた。雅紀の両親は忙しいひとで、ときどき加世の母親が雅紀を預かっていた。そうして雅紀の場合は、環境によって本を愛するようになったのだ。
 やがて加世が幼稚園に通う歳になると、母の代わりに彼女が雅紀へ絵本を読むようになった。雅紀が言葉を覚えるようになると二人は交互に本を音読をするようになったのだから、両親としては万々歳だっただろう。おかげで二人とも国語の成績はとてもいい。一緒にいても話をして盛り上がるというより、それぞれ背中を引っ付け合って本を読んでいる仲で、昔から音読中以外はとても静かな二人だった。最初から本を媒介にした関係なのだ。
 加世の親は書籍代を惜しむことなく、加世の好きな本を買い続けた。気づけば加世の家の一室が図書室と化した。父親の書斎だったはずだが、数年前に木製のデスクとチェアは隅へ追いやられて沈黙し続けている。
「加世、いるか?」
 階段をあがる音とともに、雅紀の声が響く。自分の暇つぶし用に文豪がひしめく小説棚を見つめていた加世は、開いているドアのほうへ首を向けた。
「うん。部活終わった?」
 言い終わらない間に雅紀が現れた。彼は近づいてくるほど視線を少し下げていく。加世が女子の平均身長からしても小柄なせいだ。彼は中学生になる少し前に、一五〇センチ満たない加世を追い抜いていた。加世の止まってしまった身長から反して、雅紀は年々背を伸ばし大柄になっていく。この秋から野球部のレギュラーとなった。彼の今好きなものが野球と恋愛小説なのだから、見てくれと読書の対比が加世には少しおかしく感じる。
 まだ受験生でもない今の彼は部活一徹だ。帰宅部の加世と違って毎日忙しそうだが、それでも彼は少なくとも週に一度、加世の家を訪れる。わざわざ加世の選んだ本をもらい読んだ本を返してくるのだ。
 そのとおり、頷いた雅紀が、借りていた本を差し出した。加世は黙ってそれを受け取る。
 節のある男らしい指が彼女の薬指に触れた。雅紀はさっと手を引いた。手にした文庫本には、また薄い金属のブックマークが挟まれている。二ヶ月ほど前、はじめて恋愛小説を雅紀が借りていって、返ってきたときから挟まれるようになった代物だ。
 極薄のプレートは紙を挟んで印づけられるようになっていて、飛び出た部分は「CHECK」と型が抜かれていた。加世が高校受験生のときに、雅紀へ誕生日として買ってあげたものだ。英字を見た雅紀が「これ、なんて読むの?」と訊いてきたときに、ようやく小学校六年生には早いデザインだと気がついた。そして加世は、自身が雅紀のことを小学生だと思っていなかったことに、目が覚めたように悟った。この感覚は不思議だった。
 確かに、雅紀は小学校六年生の時点ですでに声変わりして、身長も加世と大差なかった。近所の小学生と比べても、彼はやたら大人びた雰囲気をしていたのだ。街を歩くと中学生に間違われることが当たり前だった。子どものようにはしゃぐことがなく、加世は自分の通う中学校の男子生徒を見ては、雅紀のほうが冷静に見えると常日頃思っていた。そうして、気づけば年下というより完全に同級生のような気分で会っていたわけだ。
 当時六年生だった彼が読んでいた本も、小学生にしてはレベルの高いものばかりだった。三歳上の加世が読む小説は読了できる力を持っていたわけだから、読解力は中学生の域にあった。本を媒介にして交流している加世からすれば、雅紀を子ども扱いする理由がない。だから、うっかり読書用というより勉強用のブックマークを買ってプレゼントしてしまったのだ。
 あのとき彼は喜んでくれたが、実際に「CHECK」印を使っているシーンを見たことがなかった。しかし、恋愛小説にチェックのしおりを挟んでいるのは妙な感じだ。
 はじめてこれを挟んできたときに、加世はこう言った。「これまだ持ってたんだ。はい、」。そうして加世は銀製のしおりを引き抜いた。そのときの雅紀の表情を彼女はよく覚えている。明らかに不機嫌な気色となったのだ。とっさに悪いことをしたと思ったが、理由はわからなかった。訊いても何も答えてくれず、借りる小説を持って図書室を離れてしまったからだ。
 次会ったときはいつもどおりだったが、また小説には「CHECK」の印があった。このブックマークは、加世の記憶が正しければ三つで一セットだ。何かの意図を感じて、加世は銀のしおりがついたまま小説を受け取った。恋愛小説には、そうして常に「CHECK」がはいるようになっている。
 今渡されたものも同様だ。目の前で引き抜くようなことはせず、加世は大人しく貸す本を渡す。貸すときはかならず中表紙にブックマークを挟んでいる。彼が受け取って名を呼んだ。
「加世」
 その声に顔を上げる。会うたびに少しずつ背が高くなっているように感じているが、雅紀いわくそうでもないらしい。でも、春に比べてだいぶ肌が焼けている。男の身体つきだ。
「はさんでるところ、見てる?」
 中学生のわりに低い声で問いかけられた。これだから三歳も下だとは思えないのだ。
「ううん。なんで?」
 加世は雅紀から目を離して、渡されたばかりの小説を開いた。いつもチェックを差し込む位置が違っているのには気づいている。妙に後ろのページだったり、前すぎたり不自然なのだ。しかし、チェックされたページの活字を読むことはしていなかった。
「ならいい」
 ぶっきらぼうな言い方が返ってきて、加世はすぐ顔をあげた。口がへの字になっている。機嫌が悪い表情だ。
「またこれ読んだら、チェックするから」
 雅紀が受け取った文庫本を軽くあげて、風のように去った。階段をかける音がする。加世は追いかけず、もう一度開いた「CHECK」のページに視線を落とした。
 読んでみると、告白のシーンだ。恋愛小説には何の変哲もない告白のシーンである。
 何か暗号でもあるのかと、何度も読むんでみた。そして彼女は「あれ?」と思った。なんだか、もやもやする。雅紀にメールしてみよう。……いや、たぶん答えてはくれないだろう。
 部屋は少し暗くなっていた。彼女はスイッチを探して電気をつけた。


 翌々日、いつもよりやたら早く読了の連絡が届いた。夜に読む本を交換しに来るという。
 帰宅してくつろいでいた加世は、図書室に行って「潮騒」を手に取った。難解な文豪といわれているが、これなら比較的容易く読めるだろう。
 夕日が溶けて、雅紀が階段をあがって顔を見せた。いつもの登場パターンだ。「加世、いるか?」。「うん」。無言で本の受け渡した。宣言どおり「CHECK」がついていた。
 そのまま黙って帰ろうとする彼を、加世は珍しく呼び止めた。
「雅紀。チェックしたの?」
「してるだろ。……読めよ」
 問いかけをぶっきらぼうに返した彼は、瞬く間に立ち去った。前回のもやもやが引き出された加世は、言われたとおりにページを開く。告白のシーン。パタンと、衝動的に本を閉じた。
 これは、どういうことだろう。
 今まで何度もチェックされた恋愛小説を渡しあっていた。加世は、雅紀がチェックしたページに一切気を留めずブックマークを引き抜いていた。
 しかし、そのチェックに本当は意味があったのだとしたら?
 すべて、告白のシーンだったとしたら?
 加世はひらめくように展開されはじめた物語から、ふらふらと脚を動かした。図書室の隅に置かれた椅子にストンと座る。
 もしかして、嘘でしょう、そんなバカな、いつから? そんな言葉ばかりを幼稚に何度も繰り返す。母の呼ぶ声も、彼女が二階にあがってくるまで気づかなかった。
「今、雅紀くん引きとめてケーキ食べてるんだけど、加世ちゃん早く下に来なさいよ」
 そう言って、また当たり前のように降りていく母を呆然と見つめ、加世は小説のタイトルに目を通す。
 そこには、愛の言葉が描かれていた。
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