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No.75土曜日t.l.u

07 13, 2013
 携帯電話のメールに記されていた路地は、この繁華街をよく知る有紗しかすぐに見つけられない場所であったが、英里が今日あえてそこにある喫茶店を選んだのか、その理由まではわからなかった。来ればわかるかも、と追記された言葉には返信をせず、鞄を持ったまま人ごみをかきわけた。
 土曜日の竹下通りはとんでもなく人が多い。学校帰りの有紗にとって、静かな高校で過ごしていたほんの一時間前が恋しくなるほどの混雑だ。ショップではなく、ライヴの入場口でもなく、ただの道なのにいろんな人が牛歩で進んでいる。誰もが幸せそうには見えないが、それなりに楽しそうだ。
 ため息を飲み込んで、歩行者天国と化した通りから、ようやくもうひとつの道を見つける。右に曲がっただけで人はまばらとなる。もう大丈夫だ。有紗は息を吐いた。恵比寿に住む有紗でも休日にわざわざこんなところへ来る気力はない。都心に住んでいようと混雑するところはいつまでたっても慣れない。所詮、他人なのだ。親しみはもてない。
 でも、同じく近隣に家がある英里は、こうしたところが好きだった。正しくは人の集まるところが好きなのではなく、たくさん人がいるのに気づかれていないような場所、いわゆる穴場というスポットを愛していた。たとえば英里の大好きなものに、カフェめぐりがある。大学生の姉がお洒落なカフェを愛していて、その情報をお下がりに高校生の妹、英里も女子大生気取りでカフェをチョイスするのだ。ちなみに気に入っていたカフェが雑誌などで紹介され、混雑するようになると途端に行かなくなる。こだわりがあった。
 有紗は英里のカフェめぐりによく付き合っていた。彼女のセンスが、正直少し羨ましい。英里は物事にハマると深いところまで探求する。有紗がときどき、やりすぎだと思うくらいだ。でもそこから自分の一番好きなものを見つけ出して、それを有紗に見せてくれる。彼女の導いた結果は比較的どれも有紗の好みだ。それはカフェも同様であった。
 英里はカフェの新規開拓を好む一方で、一等気に入っているカフェには休日よく出向いた。原宿にも裏路地にそれは何箇所もあった。世界で注目される街なのだから、カフェもショップも混雑しているのは仕方がない。今日はサマーセールがはじまった最初の土曜日で、街の女性率は高かった。山手線を降りた時点で、有紗はホームから見渡せる外界に眉をしかめたのだ。英里から呼び出されないかぎりこんなところへ自ら来ようと思わない。
 けれど、今いる路地は好きだった。車が通れないほどの細い道には店の裏手がメインで、ときどきちいさなショップが現れる。その路地に唯一の喫茶店があった。
 夏の花が並ぶプランターの上で咲き、ここも植物の育つ土地なのだと教えてくれる。アスファルトの下は大地だ。せめぎあう人や自動車の音はしない。有紗はよく知る道を散策するように歩いた。道を跨いだ本通りはとんでもなく牛歩で、詰まった川のようにいろんな色が動いているのだろう。ここは風が通った。夏のゆるい風が、有紗の背を押した。
 ここだ、と、右手の白く古い建物の前で立ち止まった。年季の入った木製のドアで閉ざされた出入り口の手前は、少しをゆとりをもたせたようにタイルのエントランスがあって、ガラス張りの側面から日陰の店内が見える。電飾の点り方は、まるで光の帝国だ。有紗は、ふと表現に出てきた言葉の源を脳裏で探した。ガラスの向こうには英里がいた。彼女の好きな絵画の名前だったことを思い出した。
 光の帝国。まるでここのような雰囲気の絵だった。途端に、英里がここを好んでいる理由に気づいた。それが当たっているか答えを知りたくて、有紗は扉を開いた。
 人を消耗させる太陽から数メートル離れた店内は、珈琲とわずかに木の匂いがする。この地から映る外は反射鏡のように眩しく、有紗は頬杖をついて座る英里の瞳に留まると他を見ることをやめた。
「土曜日もうちの制服って違和感あるなあ」
 雑誌を閉じた彼女の第一声に、椅子を引きながら答えた。確かに二人の在する高校は土曜日が公休である。
「……って、英里も制服じゃん」
「そだね」
「もしかして、学校行ってた?」
「ううん。美容室行ってた」
「うそ。髪型変わってないじゃん」
 ウェイターが水とメニュー表を運んできて、二人はそちらへ目を向けた。会話を続ける前に有紗は飲み物を選ぶ。冷たいものと甘いものが食べたいと思って、殺風景なメニューを眺めて見つける。コーヒーフロートを選択した。
 すると、甘いもの嫌いの英里が、いつものように邪道と言う表情で有紗を見た。彼女の手元にはアイスコーヒーのグラスがあって汗をかいていた。中身は半分くらい残されている。そばのちいさな容器にはミルクが白く留まり、16gと明記された透明のシロップは開封されていない。
 英里の顔には、珈琲豆にこだわった喫茶店なのだから、せめて甘いものとコーヒーをわけろ、と書いてあった。しかし高校の夏服を着た、所詮女子高校生が粋な忠告をしたところで説得力はあまりない。まして、相手は同級生の有紗だった。甘いもの好きの女子に珈琲の美味しさを語っても理解度は薄いものだ。
「ね、わかる? ちょっと染めてみたの」
 気を取り直したような声色で、正面の英里は言った。制服の理由を訊きたかった有紗は、それよりも彼女の発言に気を取られ、水を飲みながら首を傾げた。
 光の加減のせいか、髪を染めたようには思えなかった。こちらから見ればロングの髪型に変化はないし髪色も変わっていない。どこが染まったの? と訊けば英里が毛先を指で持ち上げた。
「ほら、ちょっとだけだけど」
「え? ……うーん、ほんのり茶色っぽくなった?」
「うん。そんな感じ」
「もっとわかりやすくすればいいのに。ガッコでもっとガッツリ染めてんのいるじゃん」
「やだよ、あんなん品がない」
「なーんか、英里のこだわりって、よくわかんなーい」
「別にわかんなくていいし」
 すると、コーヒーフロートがやってきた。持ってきたのは年配のマスターだ、と二人はすぐ気づいた。ここは何度も訪れている。そして彼も一瞬だけ、二人の顔立ちを覚えているような目の留め方をした。高校生でこうした渋いアンティークな喫茶店を選ぶ女子は少ないのだろう。静かな周囲を見ても、大学生より歳のいった男女が在している程度だ。しかも彼女たちは制服だ。
 伝票が置かれ、有紗は早速細長いスプーンをバニラに挿した。沈みながらも大きな欠片が掬え、それを口に入れる。夏だ。夏にぴったりの甘くて冷たい味がする。
 上品な幸せに浸りながら、ストローで苦味のあるコーヒーをすすって英里を見る。
「あ、でも今日ここにしたのはちょっとわかった」
 携帯電話の液晶を指で触れたまま、彼女が相づちを打つ。
「そう?」
「英里の好きなやつ、なんかそんな感じ」
「って、どんな?」
「あれ。ひかりのていこく」
 英里が有紗の目をじっと見た。口元を持ち上げる。
「ん、マグリットのやつね」
 そして、外へ顔を向ける。スプーンでバニラをつつきながら、有紗もそれにつられた。ガラスの壁の先は眩しい。とてもまばゆいが、プランターに咲く花の色は褪せていない。
 彼女は顔を有紗の正面に戻した。
「そうだ。なんか今度、珍しくマグリットの展覧会するっぽいけど、行こうよ」
「えー、絵なんて別に興味ないもん」
「つまんねーやつ」
 つれない有紗にちいさく吐き捨てると、すぐに店員を呼んだ。マスターがやってくる。バニラアイスください、と注文する英里へ有紗は反応した。
「コーヒーフロートにすんの?」
「逆。あたしは、バニラに残ったやつかけてアフォガードっぽくするんだよ」
「……それ、似たようなもんじゃん」
「似てないよ、コーヒーの量違うし」
「でも材料は一緒じゃん。味も一緒だし」
「有紗ちゃん。アプローチが違うんだよ。そもそも名前も違うし」
「って、名前だけじゃん」
「なに言ってんの。国違うし。アメリカとイタリアだし」
「どっちも似たようなもんじゃん」
「違いますー。大陸が違うし大西洋が間にはさまってますー」
「どっちも地球にあるじゃん」
「そりゃ、どっちも地球にあるさ。ないと困るよ」
「じゃあいいじゃん」
「なにがいいの」
「ここのバニラおいしいし」
「うん、知ってる」
 バニラアイスはきた。再び持ってきたマスターの手がテーブルに下ろされる動作を、二人は顔を動かして眺めた。白くて半球のものが深めのガラス皿に盛られている。英里は傾けられたスプーンを手に取った。
「仲が良いねえ」
 その言葉に、女子二人は子どものように顔を上げる。彼は言わずにはおれなかったような表情を浮かべて伝票を置いた。
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