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No.89 翠と白。

03 14, 2014
 イトコの芽衣紗は北関東の先に住んでいて、その県には海がない。長く続く関東平野の北上の果ては山。沖縄育ちの愛子にとっては、それはいつになっても馴染まない感覚だった。陸続きの県境がない愛子の県からすると、県に囲まれた県があることすら奇妙だった。そのうえ、沖縄では降らない雪が舞う。
 三度目の訪れは、はじめから雪が待ってくれていた。
 平野を渡る特急列車はの中はほどよく暖かい。都心を離れて半刻もせず雨は雪に変わった。雪の予想は沖縄を発つ前からあった。けれど、本物を見たときのワクワク感はおおきい。窓に張り付いて「わぁ!」と、愛子は声をあげた。隣で目を閉じていた知らないおじさんは、女の子に反応してごそごそと動いていたが、愛子にとって安眠より降り積もる雪のほうが大事だ。芽衣紗のメール本文に、ここは夜中から降ってるよ、と書かれていたのだから、彼女の住む地はこれ以上に積もっているのだろう。
 曇る窓を何度も拭き取りながら、愛子は流れていく白い世界を瞳の奥に敷き詰める。
 雪。それは何の変哲もない天候のひとつだが、愛子にとってはいつ見てもどれだけ見ても不思議でしかたなかった。あんなに白くて目に見えるかたちなのに、手にするといつか消えていく。
 元は雨で、ただの水。それが寒さによって雪の結晶となる。それは小学校でも中学校でも習っているから知っていた。北に行けば行くほど当たり前のように起こる気象である。でも、元々水だったものがこんなふうに白く冷たくふわふわと降りて積もるのは神秘的ではないか。みんなどうして不思議に思わないのだろう、と愛子はつねづね思っていた。これは冬にしか見られないのだ。沖縄では、冬ですら見られない。
 銀世界を眺めながら、芽衣紗と雪ウサギをつくった記憶を引っ張り出した。がんばってつくっても、暖かくなれば雪はかたちを失っていく。愛子が雪をはかなく感じる部分だ。あのときは、芽衣紗に「いつまで残るかなあ」と訊いた。消えてほしくなかったからだ。芽衣紗は「日陰に置いておけば、けっこう残ると思う」と、なんでもないように答えていた。事実、愛子の帰る日まで二人の雪ウサギたちは残っていた。
 またひとつ駅を通過する。街や集落をはさみながらときどき停車もして、特急列車は雪の降る土地を駆け抜けていく。出迎える雪の予報に芽衣紗とその家族は少し心配していたようだが、特急列車は出発が遅くなったくらいで運休にはならなかった。それに、特急が動かなくなっても鈍行列車を使えばいいということは知っている。芽衣紗も毎夏沖縄へ来るときは、一人でルートを工面して羽田空港まで行くのだ。大丈夫。なんくるないさ。愛子はその点、運のよさに自信があった。
 同い年の芽衣紗には、憧れる部分がいくつもある。小学生のときから一人で家から沖縄の祖父母宅まで往復できるし、頭の回転も速いし、なんとなく大人っぽい雰囲気がある。そこに愛子はライバル心や劣等感は掻き立てられることなく、純粋に芽衣紗をステキだと思っていた。それは、ずっと前から思っていたわけではなくて、愛子が年末年始を芽衣紗の家で過ごすようになってから気づいたのだ。土地というのは、場所場所でひとの印象を変えるのだと知った。
 芽衣紗にたいして羨望はないが、芽衣紗にできて自分にできないことはない、と、愛子は思う節があった。同い年の芽衣紗ができるのだから、自分もやってみたい。その最たるものが一人で空港から芽衣紗の家へ向かうことだ。彼女の住む里へ一人で行きたいと何度もせがんで母親を説得して、このたびようやく羽田空港から一人で関東を渡ることが許された。今乗っている特急が無事、芽衣紗の家の最寄り駅に着けば、愛子の一人旅は成功だ。今回の帰りはテーマパークで遊ぶ予定で、空港まで芽衣紗の家族がみんなで送ってくれる。
 来たばかりで帰りのことを考えるのはやめにして、愛子はもう一度曇った窓をティッシュで拭いた。曇天は好きではないが、雲が空にのさばっていないと雪は降らない。ついで、やはり寒いのは正直好きではないのだが、寒くないと愛子の大好きな雪は降らない。出発地の気温は15℃。今の気温はもしかしたら氷点下を下回っているかもしれない。沖縄ではありえない芯に迫るような寒さだ。まだ雪が降り出してから外に出ていないから、東京で寒いと感じたときより絶対寒いはずだ。でも、雪のためなら全部許せるから不思議だ。
 愛子は雪が本当に好きだった。幼い頃から読む本はすべて雪に関係した内容だった。いつか、トンネルを抜けるとそこは雪国だった、みたいなこともしてみたい。雪景色の露天風呂については去年達成された。芽衣紗のすむ町の近くに温泉郷があったのだ。それはそれはとても楽しかった。
 早く、早く芽衣紗に会いたい。
 三年前に本物の雪を見てからというもの、愛子にとっての雪は芽衣紗をかならず連想させた。今回は最初から雪が降ってくれたのだから、早く芽衣紗に会いたい。雪と芽衣紗はセットだ。もっと早く。もっと速く特急列車が走ってくれれば彼女に会える。
 指定席でワクワクする気持ちと一人でなんでもこなせるような大人になった満足感を味わいながら、お昼ごはん代わりのお菓子をつまんで携帯電話を見る。到着時刻から現在時刻を差し引いて、あと四〇分くらいだろうか。愛子の乗る列車はようやく芽衣紗の住む県に至っている。
 アナウンスが響いた。知らない土地の名前。平野からおおきな街の装いが近づく。愛子は手元で震えたスマートフォンを見た。
 届いたメールをスライドして開く。母親の心配するような言葉が綴られている。羽田空港へ到着して、モノレールの中でメールを送ったきりだった。そのあとの山手線や特急列車に乗ったところは報告していない。そんなに心配しなくても大丈夫なのにさあ、と思いながら返信を打つ。確かにたくさんある番線のどれに該当列車があるのか探してしまったが、駅員さんに聞けば一発でたどり着けた。東京の主要駅は迷路だとみんなに言い聞かせられていたから、はじめから迷路だと思って挑んだのだ。思ったより難しくない迷路だった。
 乗り継ぎはパーフェクト。雪も降っていてカンペキ。
 そうだ、雪の写真を送ろう。
 ひらめいたように愛子が窓を見ると駅に着いていた。人の動きもおおきく、それを眺めて列車が動くのを待つ。ここから北の県はこんな感じでぜんぶ雪国なのだろう。動き出してから雪と街のコントラストを撮ろうとしたが、うまくいかず、あとでまた添付メールを送ることにした。送信ボタンを押す。少しすると返信が届いた。母親はだいぶ心配しているようだ。しかし、愛子は母親のいる土地と今いる自分の場所の寒暖の差に思いをはせた。あちらは摂氏15度。ここは雪。やっぱり、なんかちょっと同じ国じゃないみたいだ。
 アナウンスがまた響いた。この名前には聞き覚えがあった。たぶん、芽衣紗の住む県の県庁所在地であるはずだ。アナウンスの間隔が短くなっているということは、終着駅に近づいている証拠だ。同時に別のメールが愛子の元に届いた。芽衣紗から、定刻どおり着きそう? という簡潔なものだ。隣のおじさんが動きはじめる。この停車駅で降りるのだろう。アナウンスは先ほどのもので、一〇分遅れと言っていたから、芽衣紗のところにも一〇分遅れのまま着くはずだ。一〇分なんて沖縄では遅延のうちにはいらないと思いながら、愛子はメールを返した。
 隣のひとがいなくなると、次第に山の風景が色濃くなる。平野はどうやら終わったらしい。そろそろ聞き落としがないように耳を済ませていないといけない時間だ。次のアナウンスは愛子の知っている名前がくる。芽衣紗の住む駅のひとつ前の駅だ。愛子は食べ終えたお菓子を片付けながら、駅の名前を聞いた。
 しっかり防寒して、立ち上がってバッグを持つ。直前で少しおおきなバッグに替えたのは、カーディガンを追加したのと芽衣紗へのお土産をつめているからだ。これに雪を詰めて持って替えられれば、ちいさい弟や従妹たちが喜ぶだろうに、と思いながら愛子は早々と乗車口へ向かった。窓の先は真っ白だ。やがて停車したところも真っ白だった。
 扉が広くと冷たい風が愛子を出迎えた。東京よりも、やっぱり寒い。柔らかく積もる雪の上に靴をつける。ふわりとした白に愛子のかたちが残る。雪用の靴は芽衣紗の家に置いてあるから、これは濡れてしまってもかまわない。
 殺風景な駅へ数えられる程度のひとが降りる。駅舎の近くから、雪の中駆け寄ってくる女の子がいた。芽衣紗だ。
「愛子!」
 寒さで赤らんだ頬、漏れる白い息が雪にまじって溶ける。この間の夏、沖縄で散々一緒にいたというのに、今まさに駆け寄る彼女はまるで雪の妖精のように見えた。
「メイちゃん!」
 負けじと愛子も名前を呼んで、そばへ来た彼女に飛びついた。ぎゅっと抱き合うと、ワクワクがドキドキに比率を変えていく。互いの厚手のコートとマフラーは邪魔だったけれど、心はあたたかった。沖縄の空港で会う夏服の芽衣紗も好きだ。でも、この雪の降る里で会う彼女は格別だった。愛子はこの土地に来て、はじめて芽衣紗を美しいと思ったのだ。
 芽衣紗は愛子にとって、雪の妖精そのものだった。
「メイちゃん、冷たい」
 嬉しさのあまり笑うように言えば、芽衣紗が愛子の頭に積もりはじめた雪を払った。
「だってここ、寒いもん。早く駅舎の中に行こう? あったかいよ」
 身体が離された隙に、愛子が芽衣紗の手を取る。思ったよりもあたたかくて安心した。頷いてホームを歩く。知らない間に特急列車は奥の温泉郷へ消えていた。
「おばさんはうち? メイちゃんけっこう待った?」
「ううん、そんなに。お母さんはうちにいるよ。おしるこつくって待ってるって。すぐ、うちに行く? それとも雪ちょっと見る?」
「荷物あるから、メイちゃんち直行する! そのあと、また外でていいよね?」
「いいよ。なんか、今朝から降ってて庭とか雪すごいんだ」
「ほんと? きれいな雪もある? ふわふわの」
「あるよ」
「そしたら、その雪でカキ氷ってできる? 氷ぜんざいでもいいけど、やって食べてみたい!」
 駅舎の改札口で切符を渡しながら言ったせいで、駅舎に朗らかな愛子の声が響く。雪のない土地からやってきたことは明らかな発言だ。イトコの笑顔に、芽衣紗は面白おかしいような表情で「またいろいろ雪でやること考えてきたんだ?」と返す。愛子は胸を張って「うん!」とおおきく頷く。駅舎を抜けると、そこは雪国だった。
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