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No.92 22:50

04 29, 2014
 真冬の夜行バスは対策が難しい。バスや運転手によって車内の気温は違ってくる上、座る席によって窓を伝う冷気に堪えなければならない。
 駿介は定期的に帰省する土地の夜行バスはかかさずチェックして、予約開始のなるべく早い時期におさえていた。もたもたしいると、ちょうど良い席はすぐに奪われてしまう。特に今のように寒い時期は、座席指定も重要だ。
「こんなときまで、雪なんて降らなくってもいいのに」
 白い息をふてくされたようにマフラー越しからこぼす彼女を見て、駿介は小さく笑う。普段のこんな粉雪であれば傘を差すことはない。しかし今夜の駿介は、大きなスポーツバッグを持って東京へ戻るのだ。実家を出てすぐ、駿介は佐緒里から傘の柄を取った。バスの中で風邪を引いたら困る、濡れたら大変だよ、と、制する前に傘を開いて駿介の頭上を防雪した。
 ひとつの大きな傘は二人の真上を翳し、それは明らかに駿介側に寄っていた。佐緒里は傘が必要だといいながら一本しか持ってこなかった。「おまえの傘は?」と尋ねた駿介に「いらないもん」と言いながら広げたのだ。自分が濡れても駿介には濡れてほしくなくて、二本の傘で別個に歩くよりも一本の傘でくっついて歩きたかったのだろう。
 佐緒里の頭上をちゃんとカバーしたい駿介だったが、彼女側にずらすと彼女が怒るので自分のために差している状態になっている。その代わりのように、彼女は駿介の左腕へ手を絡めてぴったり寄り添う。素肌を晒す指は互いの体温を補うように重なっていた。駿介が隣を見る。彼女の髪にこぼれる雪の欠片が街路灯に当たる。背の低い彼女は少しずつ濡れながら煌いていた。
「ここは気づくと降ってるよな」 
「うん、ほんと。もう三月になるのにね。異常気象かなあ。ここんとこ降ってなかったの、駿ちゃんが来た日とその次の日くらいだよ。雪下ろし大変だから、もう降らないでほしいなあ。みんなお年寄りだし、見ててハラハラするもん」
「そうだな」
「女手じゃ限界あるもんだから、駿ちゃんが来るとほんとに助かるんだ。今回もばあちゃんのとこの手伝ってくれてありがと」
「ああ、手伝えるときはいつだって手伝うよ。年寄り連中には、気をつけろって言っておけよ」
「言うよー」
 佐緒里が柔らかい笑みで駿介を見上げる。彼女のばあちゃんは駿介にとって大叔母にあたり、互い顔の造詣がわずかながら似ていた。親戚同士の恋愛が嫌なのか、今まで一番交際に反対していたのは大叔母であったが、それも最近はそのわだかまりも溶解している。
「わたしも男だったら、もっとやれるんだけど」
「おめ、なに言ってんだ。俺が困るだろ、おまえが男だったら」
「あ、そっか」
 自分の発言と駿介の返答がおかしかったようで、佐緒里が笑う。息は吐くたびにどこまでも白い。寄り添う彼女は、駿介が中学生になっても高校生になっても上京してもどこまでも変わらなかった。東京で暮らすようになった駿介にとって、佐緒里は恋人であると同時に大切な指標だ。
 笑いながら駿介と歩調をあわせる彼女は、身長が頭一つ分低くて細い。一つ年上だけれど、駿介が抱きしめればとても年下のように、まるで子どもみたいにすっぽり身の内におさまる。その感覚が駿介はとても好きだった。
 今日からまた二ヶ月近く会えないのは少し寂しい。都会での一人暮らしに慣れると、故郷が妙にあたたかく見える。しかも、駿介の故郷には特別な存在である佐緒里がいる。
 未来への約束手形のように、すでに次回分のチケットはおさえていることを、佐緒里もちゃんと知っていた。以前の帰省までは回数券があってフル活用していたが、今はそれがなくなったせいで割引が利いた乗車券を手に入れるのが少し面倒になった。ただ、早々とおさえて万が一行けなくなっても返金が利くからまだいい。
 いろんなタイプの夜行バスがあるものの、駿介はいつも地元へわざわざ停車してくれるバスを選んでいた。新幹線が止まる駅着のバスのほうが格安だが、駿介の故郷はその駅から県営のバスで一時間近くかかる。利便性と料金を考えれば、往復夜行バスのほうが便利だった。
「ねえねえ駿ちゃん」
 笑い終えた佐緒里が、今度はトーンを落として恋人の名を呼んだ。軽く応答すれば彼女の息が薄くなる。
「わたし、今度そっち遊びに行こっかな」
 軽い調子に感じたが、神妙さは窺い知れた。どういう気持ちで突然そんなことを言ったのかわからない。ただ駿介の感情には、来なくていい、という気持ちが芽生える。
 どうしてかわからない。でも、東京に来られると彼女が穢れるような気がする。
「なんだ? どっか行きたいのか?」
 濁った感情を理性で薄めながら、駿介は訊き返した。すると佐緒里は「うーん」と唸って、すぐひらめいたように声をあげた。
「ディズニーランド、とかって。この間、友達が家族旅行で行ったはなし聞いて、」
「あー、そういうのな。修学旅行かなんかで行ってねっか?」
「行ったけど、今はシーもあるでしょ。それにそのときは駿ちゃん一緒じゃないもん」
「まあな」
「でも、すぐじゃなくて、夏とか秋とか……ま、まあいいや、聞き流してて」
 駿介の乗り気ではない台詞のニュアンスを佐緒里が察したのか、消極的な言い回しに切り替わっていた。気を遣わせたのは確かで、駿介はこの突然あらわれた負の感情を不甲斐なく思った。強く吸った空気は冷えている。わずかにはいった雪の欠片を舌で溶かして、駿介は頬を緩めた。
「来たいなら、来いよ。連絡してくれれば、どうにかするから」
 大人気ない気持ちは、もう出さない。駿介の想いを知っている佐緒里は頷いた。
 粉雪の中の沈黙の先に、バス停が見える。佐緒里は別れの日が来るたびに寂しがる女ではなかった。それが自分にとって甘えであっても、彼女のそんなところが好きだった。待っているのに、待っているとは言わない。バス停の前で、またね、と笑って手を振ってくれる。
 本当は佐緒里も寂しいのだろう。でも、それをいつも我慢してくれるからこそ、駿介は彼女へ会いに行きたくなる。
 バス停には、すでに大きな荷物を持った数人がいた。
 22:43。駿介が立ち止まると、佐緒里も止まる。屈んだ駿介は、雪の間で冷えた彼女の頬にキスをした。くちびるを隠していた彼女が首を伸ばす。彼女のやわらかいくちびるに、自分のかさついたくちびるがあたる。離れると彼女の表情が、少し明るくなった。
 白い世界。東京でもう見られることはない。今季、最後の雪になるだろう。
 駿介は息を吸う。この土地の住んだ空気。透き通って、心を磨くこの土地の空気だ。目に焼き付けるように暗がりのちいさな街を見る。
 ほどなくバスがやってきた。手続きをするために、駿介は傘を彼女に渡した。数人の列に並ぶ。乗車券を確認され、荷物を乗車員に渡す。そして振り返った。
 佐緒里は、すでに少し離れたところへ下がっていた。大きな傘以外はいつもどおりの立ち位置だ。目があって、手を振られる。さっきまで繋いでいた右手。
 次来るときは、新緑が一斉に芽吹く頃だろう。駿介は手を軽くあげて彼女へ一瞥すると、バスへ乗り込んだ。
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