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No.93-3 沖のはな/後編

06 11, 2014
※この作品は前・中・後の三編になり、今回載せたものは最後の「後編」にあたります。
 はじめから、物語としてお読みになる場合は、前編からをおすすめします。
 ちなみに前編・中編は、拍手用として「 コチラ 」へ掲載されています。ご興味ある方はどうぞ。
 (内容が内容なので、このような特殊な掲載法をとりました。)

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 三日目の午前中は、墓地の草刈りにあたった。
 木陰が多く、風がよく通る場所だったが足場は急だ。山の斜面を切り開いてつくられたせいか、手早く終了するという予想を裏切り、草刈りは昼食後も行なう必要を残していた。遥香たち八人班は、木陰で持ち合わせの昼食をした後、半分に分かれて別の活動場所へ移動した。
 遥香は移動組に入り、午後から学校の運動場につくられた仮設住宅付近の整備に従事した。むきだしの水路に蓄積していた枯れ葉の除去からはじまり、邪魔になるものをどかしたり草刈りをしたりと、細々した作業を一気に行なう。その間、小学校から子どもたちの声やチャイムが響いていた。
 整備は休憩を入れなかったせいか、終了時刻前に粗方のことを終えていた。使った道具を片づけて後にできた空き時間を使い、遥香は近辺を散策した。もちろん、先に責任者の許しを得ている。
 残りのメンバーは、木陰のベンチに座って涼んでいる。談笑する余裕や遥香につきあう気はないようだった。三日間身体を動かし通しだったのだ。遥香自身もこうした活動をほとんどしたことがない。慣れない体験を若さでカバーしたようなものだった。
 自然に囲まれた小学校を歩く。海は遠くない場所だが、少しくぼんでいる土地のせいか、風の通りは少ない。遠くに雨を降らせそうな雲が見えていたが、太陽の反対側にあるせいか日差しは変わらず強かった。  砂利の敷かれた道を歩けば音が鳴る。間を空け連なるプランターたちの中で、根を張り咲いている花々に目を向けた。被害の少なかった山間にはたくさん畑があったのだから、被災したところにも似たような景色があったことだろう。元あった地域の姿をよく知らない遥香は、想像することしかできない。狭い鉢でも、花たちは背をスッと伸ばしてきれいに咲いている。植物を育てるのが得意な人々が住んでいるのだろうと思われた。
 午後を半ば過ぎていて、下校中の子どもたちの他に、外に出て話をしている年輩の女性が何人もいた。遥香は部外者身分で散策していることに引け目を感じて、ボランティアメンバーの集うところへ戻ろうと踝を返した。
 行方不明のままでいる家族の葬式を近日中にする、という会話が聞こえてきた。日常の中に現れたリアルな話に、遥香は胸をドキリとさせた。住居の連なる通りを離れようとしたところで、対面にいた年輩の女性と目があった。彼女はすぐ会釈した。
「こんにちは」
「こんにちは、ご苦労様です。さっきまで、溝の掃除してくれていた方かしら。終わったの?」
 声をかけられて、遥香は足を止めた。昨日の老婦人よりも、細身で背丈がある人だった。
「はい。ちょうど作業を終えたところで」
「そうなの。どこから来たの?」
 かならず問われる質問に、東京だと答える。ずいぶん遠くから来て、と、言われれば、遥香も妙に恐縮してしまう。
 四時前の太陽は衰えを見せない。軽い立ち話で終えると考えていた遥香だが、老婦人は柔和な笑みで言葉を続けてきた。
「冷たいジュースがあるの、一杯飲んでいかない?」
 遥香は心底で迷った。
 しかし、突然にせよ気軽さのある好意だ。時間もあまりないが、一杯だけならば、と、遥香は言葉に甘えた。
 彼女の仮設住居はすぐ近くにあって、家の前にあるベンチに座るよう促され、グラスにはいったオレンジジュースをいただいた。
 野外作業後の甘く冷えた飲み物は、驚くほどおいしかった。味わうように飲んでいる間、隣に座った家人と会話する。遥香は失礼な発言をしないよう、注意しながら聞き役に徹した。
「一日じゃ話しきれないくらい、私の人生はいろいろあったけどね、……自分にとって、これだけは譲れないというものがあるのなら、それだけは絶対に貫かないと後悔する。このことだけは、長く生きてきて言えることよ。だからあなたも、そういうものがあるのならば、絶対に妥協してはダメよ」
 被災したときの話よりも、彼女は自らの身の上話を多くして、最後にそうした言葉を付け加えた。遥香は半ば孫の気分でその話を聞いていた。
 もっと話を聞きたいと思ったが、ボランティア仲間に出発を促されて名残惜しくお礼を言った。老婦人はコップを受け取って、ご苦労さま、と、もういちど労ってくれた。そのやさしさに遥香はほほえんだ。
 バスで被災地を離れ、災害ボランティアセンターを下車すると、すぐ宿泊施設へ戻る。そして、彼女は宿泊していた中継地点から早々に出る支度をした。
 大きな荷物を持ち、ボランティアメンバーや施設の人に挨拶をしてから、駅へ向かう。
 ホームにたどり着くと、時刻表どおり列車がやってきた。遥香は参加していた活動から離れた。
 団体チームも、これから夜行バスに乗り込んで東京へ戻る。ボランティア活動は午後の時点で終了していた。だが、現地に残って活動を続けるという人も数人いた。遥香と同じ大学生の女の子もそのなかにいて、自分もそうすればよかったかもしれないという思いを湛えながら、彼女は予約するホテルがある都市へ移動する。
 暗がりの中を走る列車は、車内だけが灯りに包まれて、幻想的な雰囲気があった。乗客もまばらでとても静かだ。遥香は闇ばかりの車窓を眺めて、なんとも言えない気分に折り合いをつけようと一人模索していた。
 三日間ボランティアに従事して、充実感は確かにある。しかし、足りないと思う気持ちのほうが強かった。いくら手助けしたところで、もの足りないと思うだろうし、もっとがんばれたのではないかと悔やみそうになる。
 遥香は自分のした活動に、及第点をつける自信がなかった。今も後ろ髪を引かれる思いで、ボランティア活動地から離れていく。おそらく、もう一度ボランティアをしても同じなのかもしれない。
 彼女は与えたことよりも、もらったもののほうが大きいような気もしていた。二日間は、縁があって現地の人と会話ができた。話を聞いて、逆に遥香のほうが励まされる面も多くあった。
 今日話していた老婦人も、早く畑仕事がしたいと言っていた。暇ができるのも辛いと話す彼女の最近の楽しみは、乗り合いの車で公共温泉地へ赴くことだという。自然に育まれ、風土に沿って生きることの豊かさを遥香は感じていた。
 尊敬すべき生き方をする人々だ。それなのにどうして、彼らはこうした想いをしなければならないのだろう。自然と寄り添って生きるということは、自然の猛威や過酷さも丸裸で受け止められなければならないということなのだろうか。
 そして、遥香たちの生活する東京という土地も、天災が起きないという保証はない。遥か過去に、関東大震災という大きな悲劇に見舞われたことのある地域だ。世界でも有数の災害国で生きるということは、どういうことなのか。
 予定調和に慣らされたのは、それだけ平和だった証拠だった。その象徴でもあるような、クッキー缶の鶴たちを遥香は見たくなかった。
 結局、被災地で缶を開けることなく、折り鶴をホテルまで持ってきてしまった。
 遥香は午後十時に着いた客室で、リュックの中身を広げて沈黙していた。カラフルなクッキー缶に目が釘付けとなる。
 家まで持ち帰る気にもなれないが、ホテルに置き去りにする気もない。捨てるのはもってのほかだ。祖母の手折った鶴には、遥香の親の祈りもこもっているはずで、そこに三日間蓄積された遥香の鬱積が染み着いていた。
 どこかで、この鶴たちをどうにかしなければならなかった。
 ホテルのチェックアウト時間は、早めにしようと考えている。通りがけの店で購入した夕食を室内で食べ、時間をかけて風呂に入る。考えたいことは一人になるととめどなく溢れてきた。もやもやした感情をかたちにし、答えを探すという押し問答を繰り返す。
 寝付けなくなるかもしれないと遥香は思ったが、疲労は予想していた以上にあったようで、緊張の糸が切れたように、テレビと電気をつけたままベッドの中で眠っていた。

 気づけば朝を迎えていた。

 仕事が忙しい父親の代わりに旅行をして、現地で金を使ってくるよう言われていた娘の遥香は、彼からもらっていた紙幣を財布に詰め、観光スポットへ移動していた。
 自然の風景をかきわけて、二両の列車がレールを渡る。見たことのない地域の景色を眺めながら、どこか遥香は違和感を探していた。震災の傷跡を見逃したくない気持ちがあった。
 今日の彼女はワンピースで身軽な装いをしている。気分転換はかたちから、と、準備のときに服装を選んでいたのだ。登山用リュックと長靴の入った袋はホテルに預けている。見た目では、ボランティアに従事してきた人間だとは思われない。
 ホテルのチェックアウトは、列車の運行にあわせて朝九時に済ませていた。東京への帰路は、日が落ちた頃に新幹線を使う予定だ。夕食は駅弁を買い、最後まで楽しもうと遥香は早くから決めていた。
 しかし、いざ当日がやってくれば、観光への意欲が出てこなかった。なにをしていても、脳裏が被災地で体験した物事を反芻してしまう。
 見て回る観光スポットはあらかじめ決めていたのだから、そのとおりなぞれば父親の願いを果たせる。観光中の遥香は、考えごとをしながら手足だけが習慣のように動いているような状態だった。観光地にいても、名所を軽く見ただけで時間はあまってしまう。土産物を探す楽しみも薄れていた。
 彼女は、クッキー缶を持ち歩いていた。
 精神的な重石だった。ショルダーバッグには入らず、一緒に持ってきていた折り畳みのエコバッグに収めたそれは、行き場のない遥香の心そのもののようになっていた。時刻を見ればようやく昼時だ。食欲は一向に出てこない。
 遥香が観光している場所も、被災した市の一部にあたる。あえてそうした地を観光すると決めていた。それは父親の強い意向だった。彼も昔、被災して数年たった土地を観光したことがあるらしい。そのときは偶然だったそうだが、宿泊した旅館の女将との会話がずっと心に残っているのだそうだ。
『被災から復興するときに一番助かったことは、被災地外からの旅行者が、現地でたくさん紙幣を使ってくれたことなんですよ。邪魔しに来られるのは良くないですけど、被災された側としては、……少し下世話な言い方かもしれませんが、被災されたところに金を落としてくれたほうが一番の復興につながるんです』
 金がすべてとは言わないが、復興と活気を取り戻すには旅行者の力が必要なのだという、実際に被災された人の話を父親は遥香に諭していた。被災地へ邪魔しないように旅行することも、大きなボランティアのひとつになる。彼の考えを、娘はそのとおりだと賛同した。
 平日のせいもあって旅行者は少なく、数カ所で修復工事がまだ続いているところがあったものの、この付近の観光に支障はない。被災地のなかにあって、内外からの旅行者を受け入れる余裕があった。
 友人たちにボランティアを勧めるよりも、旅行のほうが誘いやすいだろう。そう遥香は思いながら、観光スポットを見つめていた。
 歴史的建造物は遥香にかぎらず、好きな友人も多い。本来は眺めているだけでも飽きない代物だが、今の彼女の目には違うものが幾たびも映っていた。考えたいことがらが多すぎた。
 古い木造建築で、直された箇所を見留める。今回修繕したものではないことを推測すると、天災も今にはじまったことではないのだと悟る。
 この地方では、遥か昔から何度も大きな天災が起こったのだ。しかし、それはこの地方にかぎったことではない。日本の多数の地域で、長い時を挟みながら、大規模な天災を被ってきた。
 日本という国は、自然の猛威を一身に受ける環境下で成り立っている。そうした島なのだ。逃れることは叶わない。地震や自然災害が嫌ならば、海外に転居するしかない。そういう理由で日本を離れた日本人がいることも、遥香は聞いたことがある。
 天災が起きたときに、どれだけ被害をくい止められるか。根本的に、天災を起こさせないようにすることは不可能だ。自然の猛威のなかで、結局のところ人間は無力だ。海に囲まれた国は、そのことを生まれたときから知っている。

 遥香は、唐突に日本を縁取る海が見たくなった。

 砂浜でも港でもいい、大海原が見たい。彼女は立ち止まって腕時計を見直した。すぐ携帯電話を取り出して、海のそばにある観光スポットを検索する。違う列車を使って海沿いに行くルートはあるだろうか。観光スポットがあったはずだった。
 液晶画面に、該当する海沿いの観光スポットへの行きかたがあらわれた。新幹線の時間に間に合うとわかり、遥香は急いでこの場を後にした。
 列車に飛び乗って、少し北へ上がる。向かう先は、父親とめぐる観光スポットを選んでいたときに、候補にあがっていたところだ。被害の大きな場所でもあったが、どうにか観光できる環境を取り戻しはじめていると、インターネットで確認している。
 思いつきの行動とはいえ、午後三時前にはたどり着けた。遥香は観光や土産物を探す前に、果てのない海を探した。少し道をはずれ、灰色の防波堤へ向かう。
 そこで彼女は海を見つけた。
 一面曇った空に、鈍い色の海面が反射している。
 凪ぐ景色は、海原の先になにも描きはしなかった。この海を北にたどれば、遥香たちが従事したボランティア地がある。
 平日午後の防波堤に人はいなかった。縁にあるロープをくくる鉄台に座って、遥香は静かな海を見つめる。そして、布バッグからクッキー缶を取り出した。
 缶の蓋を開ければ、色細かい鶴たちがひしめきあって遥香になにかを訴えていた。かき分けるように指をいれる。袋のようなものが、なかに入っていた。遥香は不思議そうな表情でそれをつかむ。針と糸が納められていた。  母親の仕業だ。千羽鶴がつくれるように、彼女が納めたのだ。
 娘はその意図をくんだ。白い糸を伸ばし針の穴へ通した。鶴を一羽手にすると、慎重に刺していく。彼女たちが望んでように、鶴を千羽つないでいくのだ。
 無風の海の下で、それは長いこと続けられた。缶のなかの鶴はあっという間に糸を通され羽ばたいていく。結局は四〇〇羽にも到達せず、空になってしまった。
 千羽にすら、ならなかったではないか。
 遥香は興ざめた気持ちで、空になった缶を見つめた。元より缶に千羽入るほどの嵩はない。母親も深く考えない性格だ。遥香は針を閉まった。
 そんなものだ。彼女は痛切に思った。
 結局、ひとの想いなんて、その程度のものなのだ。
 ……そして、私は、あまりにも無力だ。
 彼女はまとめた鶴をつかんだ。かたちの成さない千羽鶴を見つめ、そしてそばにある海に手向けた。
 折り鶴の束が海原へ落ちて浮かぶ。遥香は座ったまま、揺れる海に浮かぶカラフルな千代紙の行く末を見つめていた。彼らは少しずつ離れていく。目的地を持たず、ただゆらゆらと揺れている。
 自然の前では、人だけでなく生物すべてが無力だ。そこに優劣はなく、自然は猛威をふるう。朝と夜を繰り返す。同じように、人の住まう土地は地球の一部であり、それもまた脈を打って生きている。
 海に曳かれる鶴たちを眺めていれば、彼女は無性に泣きたくなった。
 その気持ちを抑えて、声に出す。
「……また、来るからね」
 この地を去る自分が一番にできることは、忘れないことだ。
 次はいつ来られるかわからない。今年中にまたボランティアをしに行くかもしれないし、来年になってしまうかもしれない。次は旅行として、仲間を集めてやって来るのかもしれない。未来に約束はできない。
 それでも、たとえ長く間が空いたとしても、また訪れてその土地に触れたいと思う。再興しようとする姿を何度も見ていきたいと願う。自然が猛威をふるったところで、傷ついた土地が美しい場所であることに代わりはないのだ。とても良い場所だった。海も森も山も、空気の質感も恋しくなるほど美しいところだ。
 鶴たちは波に揺られ、沖へ離れていく。
 それを長いこと見つめていた遥香は、地元の人に声をかけられ振り向いた。
 近隣で漁師をしている風貌の男性が立っている。若い女性が一人、防波堤から海を眺めていたことが珍しかったのだろう。挨拶をそこそこに、どこから来たのか、と、訊かれた遥香は頬を緩めて立ち上がる。
 そして、東京からです、と、答えてみせた。
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