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NO.95 MOONRIVER

07 11, 2014
「理沙、どこにいるの?」
 風呂上がりに髪の毛を拭きながら、双葉は居るはずだと思っていた存在を探す。
 ……お風呂へ入っていた間に帰ったのかな。
 そう思考を巡らせて玄関にも行ってみたが、鍵はかかったままだ。それならもう、心当たりはひとつしかない。
「理沙さーん? って、いたよ、もう、」
 寝室へ着いて、すぐに双葉はつぶやいた。ベッドの掛け布団が不自然に盛り上がっている。
「また勝手なことをしてくれちゃってさあ」
 少しムッとしたのは確かだが、だからといって彼女にベッドを占拠されるのははじめてではなかった。しかも先刻、理沙はシャワーを浴びたいと言い出して風呂場へ出向いていたのだ。薄々とこのまま泊まる気なのだろうと思っていた。
「一言言ってくれればいいのに」
 少し脱力しながらタオルを首にかける。双葉の声は彼女の耳元に届かないようだ。珍しく日付が変わる前にやってきたと思えば、これである。初めから理沙はこのベッドを目当てにしていたのかもしれない。
 それは大いにあり得ると双葉は思って、小さな溜息を吐いた。彼女はこの前、このベッドはとても寝やすい! と、キラキラした表情で言っていたのだ。女一人には大きいセミダブルベッドは部屋を圧迫する代物だが、確かな安眠を保障してくれる。スプリングをふくめて数十万した高価な買い物を、双葉は一度も後悔してはいなかった。理沙はベッドの金額を聞いて「高すぎる!」と引いていたが、この寝心地がもつ誘惑には勝てないのだろう。気持ちはわかるが、持ち主を無視して占拠するのはよろしくない。
「りーさー」
 暗闇に薄明かりを燈し、双葉はベッド傍に腰を下ろすと彼女を見た。狸寝入りではないようだが、一応名は呼んでみた。埋もれる布団を少し剥いで顔を覘く。この表情はどう考えても熟睡中だ。眉ひとつ動かさない。人が泊まっても翌日は休みで、予定も立っていなかった。双葉は基本的に引きこもり体質だ。仕事もオフの日もPCの前にいる。
 明日の理沙のスケジュールなんか知らない。でも、彼女はここで朝まで寝るつもりなのだろう。そっと彼女の頬を手で触れる。寝ているひと特有のあたたかい体温だ。双葉は顔を綻ばせた。
 アナログ時計の微かな秒針を刻む音が聞こえ、双葉は手を離した。本当に気持ちよさそうに眠っている。許してあげよう。そう思いながら、双葉は立ち上がろうとした。まだ片づけが残っている。
 その手を強く引っ張るものがあった。物理的な感覚に、双葉は驚いて自分の手首を見下ろした。理沙は眠っているが、手首をつかんでいるのは理沙の手である。
 ……やっぱり、寝たフリだった?
 双葉はまた理沙の傍に座ると頬をぺちぺちと叩いてみた。
「理沙。理沙?」
 小声で問いかけると、ようやく理沙は眉を顰めた。しかし、それ以上の応答はない。
 やはり双葉の思惑は外れて、本気で寝ている理沙に少しだけ詰めてた息を吐いた。双葉にはまだやることがある。ひとまず理沙の指をもう片方の手で引き離す。
「って、取れないんだけど」
 理沙が掴んでくる力は強かった。意識のない人間に、ここまで力を加えることができるのか。双葉は疑った。だが、取ろうとすればする程、理沙の掴む強さは信じられないくらい強くなっていく。冗談でしょ、と、渾身の力を込めて指を開こうとするが、理沙より力がないせいか一向に取れない。しかも理沙の力で鬱血しかけている手首に、双葉はとうとう焦って理沙を見やった。
「わかった。理沙わかったから、お願い手を離して」
 懇願するように言えば、その声は届いたのか理沙の手が緩んだ。自分でも、何が「わかった」のかよく判っていないのだが、理沙には思うところがあるらしい。本当に寝ているのだろうかと、じーっと見つめる。
 物言わないスリーパーに見切りをつけるべきだろう。
 ため息をついた双葉は立ち上がる。途端、微かな声に動きを止めた。
「理沙? なんかいった?」
 声の主は明らかに理沙だ。寝言だったかもしれない。けれど、はっきりと言葉は認知できた。
「ねえ、」
 囁くように呼ぶ声。もう一度耳を澄ませると、微かにまた聴こえた。
「理沙?」
 きっと寝言だろう。ただ、呼ばれてしまったからには、応答してあげたかった。眠ったままのはずなのに、やっぱり起きているように見えたからだ。
 次にこぼれた言葉は更にはっきりとしていた。
「いかないで」
 双葉は、何ともいえず苦笑した。
「すぐ戻るから、少し、いい?」
 一緒に寝るにしても、他の部屋はまだ消灯してないし、少しだけやることがある。だから双葉は宥めるように応えた。そして光の点る部屋に移る。使ったバスタオルを片付けたり、つけっ放しのTVや部屋の明かりを消したりする。一番強い光をもつのは寝室だけになった。
 カーテンから零れる月齢を示すような明るさを頼りに、双葉は理沙のいるベッドへ滑り込んだ。彼女をさりげなく誘導してスペースをつくると身体が落ち着く。足を絡ませてきた理沙に呆れたように見やると、その穏やかさに笑えてしまった。
 柔らかな体温が久し振りに触れた理沙の温かさだと思うと、なぜだか妙に安心できた。
「おやすみ」
 その穏やかな睡魔で、双葉は瞳を閉じた。



 プリーツの入った少し重いスカートと履き潰しかけのローファー。川に沿って下る風に揺れる水面と、ゴロゴロと石ばかりで歩きにくい河川敷。
 ぐるりと身体をまわして双葉は見た。知っている風景だ。県境を定める程の大きな河は、自分の住んでいる街によく似ていた。空は冴えている。でも少し薄暗いようにも見える。そろそろ夕暮れに差し掛かる頃合だろうか。
 誰かの声に振り返ると、長袖の制服を着た同級生が歌を口ずさんでいた。
 ……ああ、私が高校生のときだ。
 双葉は唐突に気づいた。そして、これが夢であることもすぐに悟った。
 自分の視点が随分大人びている。高校生のときよりも地元のことを俯瞰して見ることができているのだ。それに隣にいる同級生も若すぎた。つい最近、彼女は地元で子どもを産んだと聞いていた。高校の制服を着ている場合ではない。
 彼女の口ずさむ歌は、少し古い流行歌だ。ガタンゴトンと音がしたほうへ視線を向ける。真っ赤な私鉄が鉄橋を渡っていた。対照的な天の空色は今も昔も変わらなかった。川の先にある海のかたちも変わらないのだろう。
 昔も今も夢のなかでも、変わらないものはあるんだな、と、双葉は思った。
 
 閉じた瞼からも感じられる光のプリズムが、現実を照らしている。まだ寝足りないような虚ろな気分で双葉は布団を寄せた。夢から戻ってきたことを知って、意識的に寝返りを打つ。
 その拍子に耳元でチュッと音が鳴り、生温かいものが押しつけられる感覚を受けた。双葉は眉を寄せてちいさく唸る。眩しそうに目を開けた。
 目の前では、すっかり起きてベッドから抜け出た理沙が笑ってる。
「あさから、なによ」
 口を動かすのも億劫だけれど、何か言っておきたくて目を細めて口をとがらせた。子どものような物言いは、理沙にはまったく響かなかったようで、薄く笑いながら理沙は当たり前のように回答する。
「おはようのキッスってやつ?」
「相手、間違えてんじゃないの?」
「そんなことないよ。双葉じゃん」
 やっとゆとりが戻ってきたベッドで、双葉はゴロンと寝返りを打つと眩しそうに理沙を見上げた。
「何時なの?」
 理沙をよく眺めるとすっかり外に出られる服装になっていた。性格に難はあるが、理沙は美人の括りに入る。端正な顔立ちは昨日よりもスッキリしている。とはいえ、彼女も起きてからそれほど経ってはいないだろう。この寝室以外はまだどの部屋も眠りから覚めていないようだ。
「今は、9時ちょっとすぎたくらい」
 ……朝からこれぐらいの余裕があれば、一日を満足して過ごすことができるか。
「そっか、いいじかんだ」
 呟いた双葉は、でも後一分だけ、と心のなかで決めて、もう一度ゴロンと横になった。その間に理沙は、隣の部屋のカーテンを開いて快晴の空を取り入れる。
「ほらほら、今日天気すごくいいよ。やーっと晴れた。って、おい、双葉!」
 理沙の声が近づいて、身体を揺すられる。わずかな二度寝も許されないらしい。仕方なく双葉はのっそり身体を起こした。光のもたらす眩しいリアルに目を細める。猫のように伸びをした。
 現実をまた、一からはじめようとベッドから降りる。立ち上がる前に、理沙が思い出したような表情で双葉を見た。
「双葉、おはよう。で、なんの夢見た?」
 屈託なく言われた問いに、双葉は不思議な顔をした。
 ……夢? ……そうだ、高校時代の夢を見ていた。
「おはよ。夢なら、高校時代の夢見てたかな、地元の」
 先ほどまで脳裏に流れていた映像を巻き戻す。河川敷、制服、鉄橋、電車、懐かしい歌。理沙が笑顔になった。
 双葉は、理沙が同郷の人間であったことを思い出した。大きな河をまたいで、学区どころか県も違っていたけれど、隣接する自治体だから同郷みたいなものだ。
「ほんと? 奇遇だね。私も地元の夢見てた。どこの?」
「河川敷の」
 そうして思い浮かべる河は、二人して同じだ。同郷だけれど、地元で出会う機会はなかった。上京してから、理沙とつながるようになった。不思議な縁だ。ノスタルジックな思いが通りすぎる。
「私も。河川敷のとこにいたよ。夢に私でてた?」
 そう言いながら、理沙がベッドに腰をかけて双葉を見る。
「でないよ。高校の制服だったし。理沙は?」
「ごめん、こっちも双葉はでてなかったや。私は、こないだ用があって帰ったから、そんときの風景だった。双葉は随分昔のやつ見たね」
「うん。そういえば、ここ二年くらい戻ってないなあ」
「けっこう近いのに? 新幹線使えばすぐじゃん」
「近いぶん次行けばいいやって思っちゃって、案外行かないもんなんだよね。あっちはあいかわらず?」
「まあね。でも双葉の地元とは川をはさんで反対側だよね。そっちとはまた違うよね?」
「そりゃあ、ね」
「でも、そんな反対側同士の二人が東京でこうして出会って、川の字で寝ていたわけですよ。人の縁って不思議だよね」
「勝手に寝られてたんだけどね」
「それもご愛嬌ということで。あー、お腹すいたよ双葉!」
 そう言って、理沙が立ち上がる。
 双葉は朝から相変わらずの理沙ペースに呆れつつ、着替えのことを考えながら、朝ごはんは珍しく外で食べようかなと思った。
 ……できるなら、川のそばのオープンテラスがいい。
「用意するからさ、理沙、オープンテラスのある、いい感じのカフェ知らない? 川とか海が見える感じの」
「え? ちょっと遠出しないとないよ?」
「遠出してもいいよ、久しぶりに天気いいんだし」
「なら、双葉が着替えてる間にネットで探してみるよ」
 その後すぐ、「今年の年末ぐらいは河川敷歩きに行きなよ」と、彼女が言ったので、双葉は素直に頷いた。
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