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No.97 MAGICAL LiP

08 13, 2014
 炎天下の人ゴミをすり抜けて駅の中央改札口に着くと、麻央は熱のこもる息を吐いた。素足にサンダルで正解だ。文字と花で描かれたトップスの裾を軽くつかんでパタパタと空気を入れる。連結するショッピングビルから冷風がわずかに漂ってきて、汗はすぐに引いた。
 屋根のある広場は待ち合わせ場所に最適だ。風も通るし屋根もある。高校生の麻央からしても、すでに紫外線は天敵のひとつだ。夏前から雑誌でしつこく登場する美白対策のページは熟読している。今日も日焼け止めとあわせて軽くファンデーションも塗った。化粧道具は母から借りた。そろそろ自分用のものをそろえるつもりだ。
  改札口のそばに立って構内に視線を向ける。これから、友人の優香里がこちらを通ってやってくる。会う約束時刻は十一時で、まだ五分だけ早い。電車の時刻を知らせる電光掲示板を見る。彼女はいつも八番線からやってくる。
 麻央の家がある駅は、周囲にデパートがいくつも並ぶ繁華街の真ん中に位置していた。県庁所在市ではないが、この街のほうが商業的に発展していて活気がある。学校帰りに遊ぶときはかならずこの駅を利用する。周辺は買い物やカフェやカラオケなどの遊び場が豊富に揃っていた。
 通っている高校は閑散とする三つ駅の先にあって、麻央の通学はバスと電車を乗り継いだ。通学は面倒な一方で、ときどき友人には「ここが最寄り駅でうらやましいな」と言われていた。確かに帰宅途中と休日の遊びには困らない。
 SNSのレスを伝える音が響いた。スマートフォンの液晶越しに「着いたよ」という言葉を見た麻央は顔を上げた。待ち人を探す。終業式の日からも相変わらず毎日のようにSNSや電話で連絡を取っている優香里であるが、夏休みになって遊ぶのははじめてだ。
 ショッピングビルの窓には、『セール最終日、7月31日まで』という派手な宣伝が賑わっていた。今回は文面にあるとおり、優香里の希望でショッピングがメインだ。七月末日寸前の街し、いたるところでセールが大詰めに差し掛かっている。何もかもが安くなる数日間だ。優香里は、いつもそのときを狙っている。
 昼前にしては駅周辺の人通りは激しい。夏休みらしく、同年代の子たちが闊歩している。麻央も夏になってから、すでに二度はバーゲンへ足を運んでいた。もし何か買うとしたら、あとはスカートくらいか。
「麻央ちゃーん」
 所持金とこれから遊ぶルートを考えていると、すぐ優香里の声が聞こえた。改札の中を見る。定期券をタッチさせて、ちょうど駅内から出る彼女を見つけた。高校の制服を着ているのが特異に映る。夏休みは一週間以上前からはじまっているけれど、と、麻央は首をかしげた。
「優香里ちゃん、学校行ってたん?」
 肩にかけた黒い革のバッグは、通学用のバッグではない。でも、靴はローファー。茶色の髪はゆるいウエーヴがかっていた。
「行ってないよ。なんで夏休みなのに学校行く必要あんの?」
 制服を着ている優香里は、麻央の発言のほうがおかしいという表情をする。言っていることと服装が異なる優香里に麻央は歩き出しながら彼女の顔を見なおした。
「だって、セーフクじゃん」
「あ、これ。着る服考えるのメンドかったからセーフクなの」
「うそ、マジちょっと考えなよー! 夏休みだよ!」
 学校という規則から解放される楽しみを私服で表現しているのが周囲の学生たちなのに、優香里にその発想はないらしい。
「いいじゃん。遊園地とかプール行くならアレだけど」
 あっけらかんという彼女はスッピンで平然としている。目鼻立ちがはっきりしている彼女は、元々化粧が好きではないという。だからと言ってファッションに疎いわけでもない。
「あと、髪は? なんかかけた?」
 麻央の次の指摘には、優香里もパッと顔を向けた。
「巻いてみたの。わかった? 時間に余裕あったもんで」
 朝は悠長に過ごせたらしい。服装を考える余裕がないから制服にした、というイメージを持っていた麻央は、ここでまた打ち砕かれた。本当に面倒だっただけのようだ。
「余裕あったんなら、服のほう考えるじゃんフツー」
 呆れたように言うと、うへへ、と優香里が笑った。彼女との物の考え方の違いを感じながら、駅前のアーケードを越えて炎天下へ脚を進める。太陽の日差しを浴びる周囲には、いくつもデパートとビルがあった。買い物にフル活用されるファッションビルはふたつ。特に、若者向けの広告が多い正面のビルは店舗数も多い。
「じゃ、いつものそこ、行こっか?」
 優香里は明るい声でそう言った。頷いた麻央は、近づくにつれ騒がしい音楽を耳にする。
「ここ、最終になると安いよね」
「マジで安いよー。はいってるブランドも好みだし」
 自動ドアの中へ入る前から冷風が一気に流れ込んできた。香水のにおいと音楽とセールを盛りあげる店員の声。夏休みシーズンだからか、同年代くらいの女の子たちのお喋りがあちこちで飛んでいる。
 ここの最終セールラスト三日間は本当に安かった。そのぶん無難なものや人気のあるものが残っていない。どちらかというと、センスがよくなければ着こなせないものばかりが残っている。優香里はそれでも安いほうがいいという。
「なんか制服だと、やりにくいなー」
 優香里主導でめぐるショッピングだが、高校の制服だというのは少々気になる。他の子たちは高校生なのか大学生なのかわからないような服で遊んでいるというのに、優香里のおかげで高校生だと丸わかりだ。しかも、どこの高校の子かわかるひともいるだろう。
「なんで? ワルイコトでもする予定だったん?」
「そういうわけじゃないけど」
 店員に「この子たち高校生か」と思われたり、「どこどこ高校の子だよ」とか思われたりするのが、長期休みになってちょっと嫌になっただけだ。麻央のささいな気持ちの変化がわからない優香里は、エスカレーターに乗って麻央を見た。
「お酒とか飲む気だった? ユー酒飲んじゃう?」
「飲まないよ! なに言ってんのっ」
 麻央の後ろにも女子たちは連なっている。優香里の台詞を打ち消すように応えると、三階に着いた。このフロアが優香里の一番目当てのところだ。どの店も少し大人っぽい仕様で、高校生より大学生のようが多い。
 ……だから、制服はちょっと気になるんだよお。
 心でうなる麻央の横で、優香里は嬉しそうに指をさした。
「あ、ななじゅぱーオフだって、ここ行く」
 そう言いながら、着飾った女性店員がいる店舗に突進していく。置き去りにされた麻央は、そこよりも少しフェミニンな服が集まる斜め向かいの店舗に移動した。
 夏らしいスカートを物色していると、通路に出ている制服姿がすぐ目に入る。
 ……でも、制服姿はこういうとき見つけやすいかも。
 麻央は、きょろきょろしている彼女を見て少し笑った。制服イコール優香里のフロアで、麻央は彼女に声をかけた。
「決まったの?」
 優香里が青いワンピースと、白のカーディガンを持っている。
「うん、まずこれ。買ってくる」
「じゃあ、そこらへんでほかの見てるよ。いなかったら電話してね」
「はいよー」
 彼女がレジに戻っていった。麻央は振り返って、気になる店を見つけた。アクセサリーショップが全品五〇パーセントオフと書かれてある。イヤリングがほしかったことを思い出した。
 ピアスの棚からイヤリングのコーナーへ伝い、そこから樹脂タイプのところを発見する。夏らしい白の花が揺れるイヤリングを耳に当てる。装飾の具合を鏡で確認しながら、クリスタル調のものと取り替える。それを繰り返していると後ろに影が立った。
 鏡にゆるい茶髪が映る。振り向くと優香里だ。
「お待たせ」
 そう言った彼女は、制服ではなかった。今しがた買うといったワンピースを着ている。肩から首あたりにレースを利かせた大人っぽいデザインだ。ウエストがきゅっと締まって、体型を美しく魅せている。彼女が手下げているショッパーがけっこう重そうだ。
「着替えたの?」
「うん、今買ったやつに着替えちゃった」
 麻央より背は高いが、今しがたに比べ、さらに背が高くなった気がした。優香里の足元を見る。ローファーからヒールのある黒のミュールに変わっている。
「靴も買ってたの?」
「うん、これいろんなところで使えそうだし」
 朗らかさは制服のときと変わらないが、外見が別人のように違う。学校のときとは違って、髪を大人っぽく巻いているだろうか。ゆるいウェーヴも制服のときより主張されている。
 麻央は優香里をまじまじと見た。優香里は元々この予定だったのかもしれない。そう思っていると、彼女がバッグから何かを取り出しはじめた。
「ちょっと鏡いい?」
 出て着たのは縦長のちいさい筒。口紅だ。麻央が一歩離れたぶん、優香里が一歩前に進む。鏡にあわせてわずかにかがんだ。
 口紅は紅に寄ったピンク。鏡を見ながら上手にくちびるへ引いた。
「よし、これで完成」
 優香里が満足げに口紅を片付ける。その様子を眺めていた麻央は、魔法を完了させたような物言いに口をとがらせた。
「なによ、優香里ちゃんズルイ」
 制服で来ていながら、口紅だけは持ってきていたらしい。化粧もしていないのに、紅ひとつで全部が変わる気がした。なんだか印象を大人に変える魔法の一品だ。
「なんで?」
 すっかり大人へ育ってしまった優香里は、外見に頓着しない表情をする。そんな顔をしてもズルイものはズルイ。
「制服のときとゼンッゼン違う!」
 最低限のもので最大の効果を見せる。同じクラスの友達なのに、だいぶリードされた気分になった。
 ……優香里ちゃんは自分のことをよくわかっているんだ。
 制服を着てきたのも、センスがないから消去法で選んだわけではない。優香里は買い物上手でセンスもいいのだ。そして、それはもともとの地が良いからできる遊びなのだ。
「このギャップがおもしろいんじゃんー」
「だからそれがズルイの」
 優香里が笑う。麻央がふくれた。
「じゃ、これでお酒飲んじゃう? ハタチってだませるかな?」
「しないし! 一人でやんなよっ」
「あはは、ごめん。麻央ちゃんにもあとでグロス貸すから」
 そう言いながら、優香里が手をつないでくる。グロスも持ってきたのか、と麻央は思いながら子どもっぽい彼女の行為に黙って手をつながれたままにした。
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